本書は、脳神経科医の著者によるエッセイだが、どの話も興味深いものばかり。
音楽に憑かれた人々、“絶対音感”などの音楽に関わる特殊な才能、音楽療法やその治癒力などについて、著者自身の体験も含めた具体的で様々な症例やエピソードが綴られている。
例えば、失語症でありながら歌詞つきの曲は歌えたり、音楽の幻聴が“聞こえる”ケース(単なる耳鳴りではない)、ある音楽のフレーズが何日間も連続でとめどなく頭の中で流れ続けるなど。経験のない者にとっては不思議だとしか思えない。ただ、そういった症例のきっかけとなるものは、先天的なものばかりではなく、落雷や交通事故、脳卒中など後天的なものもあるので、決して他人事ではない。
医学関連のエッセイなのだが、通読してみると、人間にとって“音楽とは何か”という問いへの一つの回答になっていると感じる。
なお、「絶対音感」に関する部分の「注」によると、今日のオーケストラとモーツァルトの時代のオーケストラの“ラ”の音が半音違うらしい。この部分を読む限り、楽器の調律を現在のレベルで行いながら、音が今とは違う時代に作られた曲に関して、楽譜に忠実に演奏する「原典主義」に矛盾はないのだろうかと思ってしまった(私の耳のレベルでは、大きな問題ではないのだが…)。