西洋において音楽と言語がどのように対峙してきたかを考察するという、壮大な構想をもつ著作です。
「ミサの作曲に示される西洋音楽のあゆみ」という副題がつけられています。叙述材料の中心になっているのは、音楽としてはミサ音楽、言語としてはラテン語・ドイツ語です。ただし、単なるキリスト教音楽作品史というわけではなく、あくまでも音楽と言語の関係を明らかにするための手段材料としてミサ音楽をとりあげています。テキストの変化が少なく、しかも多くの作例があるミサ音楽は、本書の目的を達成するための材料として好都合であると思われます。
この本には、ところどころ読みづらい部分もあります。翻訳に問題があるというのではなく、西洋人にとっては言うまでもないことがもともと述べられていないからです。たとえば、ラテン語では“話すということとその意味とが完全には一致しない”(p.106)が、ドイツ語では“語られた言葉とその意味とは余すところなく一致する”(p.108)と言われても、ドイツ語が母語の人にとってはそれは自明のことでしょうけれども、そうでない人にとっては理解するのが難しいと思います(お前はドイツ人でも西洋人でもないだろう、と言われそう…)。
音楽の歴史だけにとどまらず、最後には精神史的な議論が展開されます。ただの年表や作品リストだけでは《歴史》ではない…と改めて感じざるを得ない快著です。
かつて、音楽之友社から出ていたときは横書きだったのですが、この講談社学術文庫版は縦書きです。そのため、譜例や原文が少し見づらいです。扱っている事柄の性質上、横書きのほうが見やすいと思うのですが…。