エキセントリックな超スローテンポと文学塗れのライナーノーツから、アファナシエフは敬遠してきた音楽家だった。特にその文章は!
今回何ゆえか不図思い出して『音楽と文学の間』をとうとう手に取った。初版は2001年である。
文章はまさに文学塗れ、しかもあまり趣味よい塗れ方ではない。どこか淫しているような趣きがあって、気持ち悪い面もある。
しかし、本書にある「地獄に堕ちたシューベルト」は、シューベルトの音楽、ことにピアノ音楽を愛する人には必読である。その所論に賛成するか反対するか唾棄するかはともかく、ここには驚くべきことが書かれている。
敬遠していたとはいえ、アファナシエフのディスクでは、ロッケンハウス盤のシューベルト第21番ソナタ(変ロ長調)には衝撃を受けた口である。それに、最近では若林工房盤のベートーヴェンの最後のソナタ3つ。これには深い感銘を受けた。
しかし『展覧会の絵』やモーツァルトの短調作品ばかり並べた作品集には、よくぞここまでと思う一方、鬱陶しくなったことも事実。最も高貴な感情はメランコリーというアファナシエフだから、なるほどねとは思うが、いくらなんでもという気もした。文学チックに過ぎる。
それは文章では手がつけれないレヴェルにまで達してる。対談者の1人、浅田彰とてこの文学病の感染者であり、対談の中身は恥ずかしいほどの入れ込みようと修辞。
他方、故・川村二郎との対談は、文学とくに海外の小説に興味ある人には極上の面白さかもしれない。そこでのシューベルト論議こそ、シューベルティアン必読、かもしれない。