作者の名前はすでに折り紙つきらしい。その題も衝撃的な『神は銃弾』は、英国で推理作家協会新人賞、日本で日本冒険小説大賞と「このミステリーがすごい」1位、という三冠を獲得したという。
私自身はしかし、その作品は未読で、それはそれで興味を惹かれたものの、今回より心が動いたのは、同じ作者が書いた「静かな傑作」といわれるこの小説だった。
解説にもいうように、『神は銃弾』のイメージに引きずられがちだが、『音もなく少女は』は、ミステリーではない。ミステリー一般の娯楽性を主に求める読者には、面食らい、あるいは敬遠したくなる内容かもしれない。
ここにあるのはいわばひとつの「女の一生」といえようか。1950年代ぐらいからのニューヨーク、ブロンクス。貧しく荒んで、暴力、犯罪、腐敗、差別が横行し、欲望と憎しみ、悲しみと絶望とに彩られた街に、聾者というハンディを持って生まれた一人の少女と、その仲間となる女たちの、苦しみと戦いの記録である。
つまりここで作家は、娯楽小説の範疇には収まりきれないものを描いたのだ。基本的に暴力的で理不尽なものとしてある世界。それが投げつけてくる不幸の数々を前に、女性、しょうがい者、黒人など、「弱き者」はどう生きればいいのか。
だが、ミステリーであろうとあるまいと、作家の能力の高さは疑いようがない。何よりも驚かされるのは、人間、とくにその内面を抉り出す描写の圧倒的な力感である。濃いのである。
それは読者にもある種の緊張を強いる。現実の苛烈さを直視することを強いるから、この物語を好まない読者がいるのは不思議ではない。アメリカが背負ってきた重荷の一端を知ることができるのが興味深いとはいえ、これを実感に近い形で肌に感じながら読むのは、辛い経験でもある。主人公イヴと、その限られた仲間に次々に襲い掛かる苦しみ。次はどんな不幸があるのかとハラハラさせられ通しだし、安手のアクション映画と違って、ありえないような幸運や都合のよい解決は何もない。不幸は実際に癒しがたい傷となって降りかかってくる。
だがそれが辛いからこそ、そうした問題に正面から向き合って戦い抜く女たちの姿が感動を呼ぶのである(原題はWoman)。あとは好みの問題だろう。が、作家のぶつけてくるものを受け止める気持ちになれるのなら、深く心に残る作品であるのは間違いあるまい。
ちなみに、ここで重要なモチーフとして登場する「写真」は、イヴが世界と関わる接点でもあり、したがって彼女の支えでもあり、武器でもあり、いわば彼女の存在そのものなわけだが、その写真をめぐる記述を見れば、この作家の見つめているものの高さがわかろうというものだ。
おそらく原文のスタイルが強烈だろうから、翻訳も多少癖があるものになっているが、流れはよく、読みやすい訳だと思う。