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最も参考になったカスタマーレビュー
9 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
片思いの日記,
By とみきち (東京都調布市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治 (角川ソフィア文庫) (文庫)
すぐれた評伝は片思いの日記に似ている。本書を読んで、まずそう思った。その人が語ったと言われる言葉を集め、残した写真を眺め、書いた手紙を読み、その人と共有した時や思いを持つ人から話を聞き、その人が過ごした場所に降り立ち、そこで見たであろう風景を眺めることで、直接会話を交わすことのかなわない相手の心に思いをはせる。その人に少しでも近づくことができると思えば、どんな小さなかけらでも、どんな断片的な出来事でも拾い集めに行く。そうまでして寄り添いたいという思いを相手に直接届けることはできないという、その意味で。直接の接触機会が決して十分ではなかった井上孝治に対する、著者の思いの強さにぐいぐいと引っ張られながら読み進んだ。本書の価値は、すぐれた写真家としての井上孝治をこの世でもう一度生かし直したこと。ろうあであることの社会的な意味、能力としての特殊性を問いかけていること。やりたいことだけをやる井上を支える家族(特に妻)の献身を描いていること。いろいろ挙げられる。読者がどのような問題意識を持っているかによって、さまざまな読み方ができることと思う。 私が最も感動したのは、この井上孝治との出会い(正確に言えば出会い直し)が、著者の書き手としての人生に大きな影響を与えたことがきちんと描かれていること。井上孝治について調べ、書いていくということが、対象としての井上孝治を書くという次元を超え、著者がノンフィクションライターとしての自身のあり方を問うプロセスと重なっていく。そこが描かれることによって、本書の価値は数段高まっている、と思うのだ。 井上孝治がどんな人物で、その人生をどう生きたのかについては、ぜひとも本書を読んでいただきたいと思うが、概略を紹介すると、孝治は三歳のときに聴力を失っている。生涯、アマチュアを貫くが、木村伊兵衛を尊敬し、彼のような写真を撮ることを目指していた。その写真に対する執念と情熱はすばらしく、実際に作品のレベルもプロ並みだったようで、海外でも非常に高い評価を受けた。そればかりか、ろうあの人たちに自己表現としての写真を教え、写真クラブを組織することにも心を砕いた。非常に裏表のない魅力的な人物だったことが、著者が綿密な取材を通じて丹念に集めた、彼とかかわりのあった人たちの井上評から伺われる。 その「井上孝治をだんだんと知っていく」過程が、とてもいい。著者は、孝治亡き後に、孝治と本当の意味で「出会って」いる。そして、片思いの日記のような本書を書いた。本書を読む私たちは、井上孝治に出会い、著者、黒岩比佐子に出会うことになる。そしてもしかしたら、それぞれの読者が心の中にもつ固有の問題意識に目を向けるきっかけになる可能性もある、と思う。
4 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
生き方そのものが写真的,
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レビュー対象商品: 音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治 (角川ソフィア文庫) (文庫)
【音のない記憶】生き方そのものが写真的「生き方そのものが写真的だった」。 黒岩比佐子・著の文庫版「音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治」には、こんな帯がつけられていた。 読み終わって、この帯の言葉の意味深さを感じている。 この本は、ろうあ者で、写真家の井上孝治さんを追ったルポルタージュだ。 井上さんは、幼い頃に聴覚を失い、言葉も話せない、ろうあ者。 つまり、音のない世界を生きた。 井上さんが育った時代は、障害者に対する差別が今よりも強い時代で、学校では手話が禁止されていた。 しかし、井上家が裕福だったこともあり、孝治さんはのびのびと育ったようだ。孝治さんは、父親から、一般的には高級品だったカメラを与えられ、写真に興味を持っていく。 井上孝治さんが、写真家として注目されるようになったのは、晩年のこと。 福岡のデパートが「思い出の街」というテーマで広告を作ることになり、その広告に井上さんが撮影した写真が採用されたためだった。広告の制作担当者は、「思い出の街」というテーマに適した写真を一般募集し、さまざまな手を尽くして探していたが、思い通りの写真はなかなか見つからなかった。縁あって、井上さんの写真が見つかり、それは誰もが驚くできばえだった。 井上孝治さんの写真を見た人は、どこか懐かしい風景にであった気もちになる。 広告は、大きな反響があり、そして、「思い出の街」の写真展が開催され、写真集も出版された。 著者の黒岩さんは、井上孝治さんが亡くなった後、あらためて、井上さんの生涯を追う取材を開始したそうだ。 生前、井上さんにインタビューをした経験があったが、その時には、聴覚障害者とのコミュニケーションの難しさを感じていた。井上さんが亡くなり、生前にもう少し取材できていたらという悔しい思いがあったにちがいない。 黒岩さんは、井上さんの家族、同級生、ろう者の知人・友人、写真を通じて関わった人々などを丹念に探し、話を聞いている。写真に関する膨大な資料も探し出し、井上さんとのつながりを見つけている。 黒岩さんの労力、努力、情熱が相当なものだったことが強く感じられる本だ。 大変な作業があったからこそ、すでに故人となっている井上孝治さんの人柄や、彼がカメラを通して見ていたものを描き出すことができたのだろう。
4 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
温かな写真と評伝の面白み,
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レビュー対象商品: 音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治 (角川ソフィア文庫) (文庫)
福岡県出身の聾唖のアマチュアカメラマンの評伝。3歳で耳が聞こえなくなって、父親から贈られたカメラで独学で才能をのばす井上孝治さん。コンテストに何度も入賞して実力はあるらしいけれど、なぜかアマチュアカメラマンのまま、結婚後も生業のカメラ店経営は妻にまかせきりで、自分は毎日撮影に出かける。あんまりいい父親には思えないけど、評伝を読むと、なんとなく憎めない感じが伝わってきた。そして何よりも、井上さんの写真がいい。子供たちのいきいきとした飾らない表情とか、はっとするような構図の写真が、たくさんはいっている。この写真をみるためだけでも買ってよかったと思う。 評伝というとかしこまった感じがするけれど、とても読みやすく、海外からも認められたアマチュアカメラマンが日本にいたんだと、素直に感動した。
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