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第一章は「黙(もだ)の章」とあります。つまり音のない様子を表現した<ことのは>を掲載しているというのです。
しんしん、しじま、幽黙、寂々…。空気が振動しない沈黙の様を、空気を振動させる音声で表現する。一見矛盾したこの取り組みを本書の最初に掲げるというのはなかなか心憎い演出ではないでしょうか。おそらく本書を手にする読者が第一ページを開くにあたって期待するものはこうした沈黙の音ではないはずです。期待を大きく、そして衝撃をもった形で裏切る構成に、本書を編集した人々の手だれぶりが感じられます。
本書で私が気に入った言葉は、「喋々喃々」(男女がいつまでも楽しげに語り合っている様子)。驚いたことにワードでこの表現は「喋喋喃喃」と変換されました。
本書によれば、国木田独歩の「武蔵野」に「時雨しめやかに林を過ぎて」というくだりがあるとのことです。しめやか、という言葉はいまや葬儀の枕詞としてしか人々の口の端にのぼらなくなったかのように思われますが、実際にはそのようなことはないのです。しかしこのしめやかという言葉を見ると、現代日本語において一つの言葉の幅が狭くなってきていることを感じるばかりです。
日本生まれで日本育ちの私。にもかかわらず本書が差し出してくれる日本語の多くは、私の中にないものでした。日本語の豊かさを改めて感じ、そしてその豊かさを自分の中に見出すことのできないことの、悲しさやもったいなさ、そういったものがないまぜになった、ひどく居心地の悪い思いを強く抱かざるを得ない一冊でした。
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