『隻眼の魔王』、カリスマ・北一輝の伝記。 今なおその存在自体が<極秘>という魅惑的な人物です。
著者は盲目的に北一輝を礼賛するのではなく、批判や疑問を加えながら論を進めていらっしゃいます。 極めて真摯な描き方であると感じました。 頻繁に話が前に行ったり後ろに行ったりしてしまうのが難と言えば難で、少々読み難くなっていますが、著者は小説家ではなく研究者であると思いますので、仕方がないのかな、とも思います。
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2・26の思想的指導者ということで、本書はまず冒頭からの第一章92ページを費やして2・26事件を取り上げてそ事件の経過などを紹介しています。 この部分の内容確かに興味深いのですが、北一輝の人物像を知りたくて本書を手に取った読者にとっては、あまり重要ではないように感じられるのではないでしょうか。 一般的な伝記の構成同様、誕生・幼年期から年代順に記述・構成された方が良かったと思います。
2・26事件の最中における北一輝は、基本的に<法華経>を唱えながら霊告を発することに終始している。 たまに関係者と電話で連絡をとってはいますが、“肝心の”霊告もほとんど当たらず、結果として「デクノボー」(あえて意図的にこの言葉を使います)のようになっているのがなんとも不気味です。
著者は北一輝は思想家で、レーニンのような行動家ではなかったと書かれていますが、まさにその違いは鮮明です。
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本書の核となっている『日本改造法案大綱』、(当時の状況を想像するに)さすがに凄まじい内容です。 若い頃に社会主義に傾倒したようですので社会主義的な部分がありますが、私有財産を<肯定>し<享楽>とせよとはっきり述べている点で根本的に異なる思想であると認識されます。 著者も「共産主義とは一線を画するものである。」と明確に定義されています。
頑迷な国体主義者と欧米崇拝主義者をともに否定する姿勢には大いに共感できます。
ただ、北一輝にとっての国家とは、どのようなものであったのでしょう? あまりにも期待と役割が大きく、その像が見えてきません。 国家の担い手はどのような人間を想定していたのでしょう? 人間に対する手放しの信頼が見受けられますし、在野の予備役軍人に期待していたそうですが、その根拠がよくわかりません。 (自らはあくまでも思想家の枠を出ず)ナポレオン、レーニンの如き人物=超人が彗星の如く出現することを前提にしているとなると、大典であっても、その実現は限りなく不可能になっていくような気がします。
一説には天皇さえもライバルとして意識していたということですから、自己を日蓮以上、釈迦と同等に考えていても不思議ではないと思うのですが、実際には日蓮宗を信奉し、小さくまとまっている部分もある。
この『日本改造法案大綱』の内容の約7割が、終戦後米国・GHQによって実行に移されたということも大きな衝撃と言えるでしょう。 GHQが『日本改造法案大綱』を参考としたかどうかは知るすべもありませんが、魔王的予言能力には驚嘆せざるを得ません。
キューバ革命初期にFIDEL CASTROの革命政権がおこなった様々な施策に酷似しているようにも思えました。 (数年後、キューバは大きくソ連型に舵を切ります。)
『日本改造法案大綱』は古書で売られてはいるようですが、大変高価で原典にあたることができません。 新装版を出版する会社がひとつもないことが、禁書の匂いをさらに濃厚にし、本論文の魔力・神秘性を高めているようです。
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三島由紀夫氏とニーチェを繋げて語られることもあるようです。 著者はニーチェと北一輝の関係に言及されている。 ニーチェは実は日本の明治期まで生きた人物なわけで、世代的にもこの3者が微妙に絡み合っているようにも見えてきます。
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“国家社会主義者”、“ファシスト”、“右翼”など、様々な枠に閉じ込めて論じられてしまう人物ですが、<北一輝は北一輝でしかない>、その特殊性がより強調されるべき人物であると思います。