中国の近現代史って知らないことばかり。例えば西安事件。あまりにも有名な事件で、これで国共合作が一気に実現されたかというと、全く違う。蒋介石が西安入りしたのは1936年12月4日。挙国抗日体制の確立に前向きの宋子文(宋美齢らの兄弟)も西安〜南京を往復しながら、説得を続け23〜25日にかけて、周恩来が中共の紅軍が蒋の指揮下に入ることなどを認めるとともに、蒋介石も容共抗日を約束する、ということになります。
かくして25日、蒋介石、宋美齢、宋子文、張学良らは飛行機に乗り、26日には南京に戻りますが、中共側が一致抗日など蒋介石との合意事項を発表したため、蒋介石は張学良を逮捕。張学良はこの後、半世紀の間、幽閉生活を送ります。そして、本来は抗日戦争のために養っていた張学良の東北軍は37年2月には解体。中共も甘粛省に遠征していた2万人の軍を失うなど、合意内容はうやむやになってしまいます。そして《蒋介石の約束が明確な形をとってあらわれるのは、抗日戦争開始》を待たなければならないんですねぇ。
とにかく、著者の結論は明確です。《現在の中国では、一九三七年から四五年の八年にわたる戦争で、中国軍民の死傷者は三五〇〇万人以上、財産の損失は六〇〇億ドル以上と推計されている。他方で、日本軍の死者は約四七万人と見積もられている。中国人を屈服させる、簡単に言えばただそれだけのために行われた戦争と無数の蛮行・殺戮によって、日本はそれまでの日中関係史を根本からぶち壊すような巨大な不幸をつくりにつくったといわざるを得まい》(p.228)。もちろん日本の侵略は中国のナショナリズムの覚醒をうながし、やがては革命へとつながるのですが、《奪ったものの大きさや戦争自体の惨禍の甚大さには及ぶべくもない》のです。