現在成功している人々が「オレも昔はワルだったよ」と語るのと同じ構図で、「オレも昔は異端者だったよ」‥と言っているのではないか、と解釈できてもしまう本である。本書は学歴社会を痛烈に批判しているが、『学歴』を信じる人達と同じ種類の情熱と偏狭さで、著者は『非属』の素晴らしさを述べている。
成功した人が高学歴であることは多い。そういう人は能力・立場・学歴がマッチしているので幸福な例である。しかし世の中には、10代後半に非常なラッキーによって一流大学に入学できたのはよいけれど、その後の実力と立場が学歴にマッチできない‥という人も大勢いるのである。
同じ様に、「昔はオレも異端者でさ‥」などという成功者もそれなりの数は存在するのだろうが、「昔も今も異端者で、そしてこれからも異端者であり続けてしまう自分」を抱えて悶々としつづける人は多い。
高学歴だからといって幸福や成功を手に入れられないように、非属や異端者だからといって幸福や成功を手に入れられるわけでは全くない。
本書は、既に成功した人の過去として「異端者」を見つめているが、このサンプリングでは恐ろしいほどのバイアスがかかっており、おそらく著者の言いたいことは正しく伝えられる情報ではないと考えられる。
現在の小児期や青年期の異端者・非属者たちから無作為にサンプリングした人達を追跡調査して、その結果が著者の言いたいことであるのなら、著者の主張は正しいことになる。
著者の言いたいことは良く分かるのだが、その言いたいことを説明するために著者が用いる「例」が正しくないので、私には我田引水のハナシにも読めてしまうのである。