菊池寛の「小説は人生経験を積んでから書くべき」という言葉どおり、文藝春秋で編集者として身を立て、作家としての地位を築いたのは、終戦後。年齢は40を越えていた。痴呆となった元教師一家を描いた「朝霧」で横光賞を受け、新聞小説で流行にも乗った。昭和30年ごろから短篇にその才能を発揮し、停年サラリーマンの自殺を描いた「一個」、借金を苦に心中を遂げた老一家の当日を描いた「青梅雨」、中流家庭の奥さん達の軽快なかけひきを綴った「しりとりあそび」など、市井の人々の哀歓を書けば、右に出る作家は皆無です。氏は平成二年に亡くなりましたが、白州正子さんが「何もいうことができない程の名文家を私たちは失った」と云うほどの作家の名品が、この一冊に多く収められています。ただ、作家志望!の人は、氏の作品を読むと、自信喪失となりかねません。