先月、59歳で亡くなられた海老沢氏。「F1地上の夢」「監督」などスポーツ・ノンフィクションライターの印象が強かったが、この「青い空」を読み、それは氏が残した仕事の一面に過ぎないということを知った。形式こそ小説ではあるが、れっきとした歴史書。日本になぜ本当の意味での宗教が根付かなかったのか、そんなことを考えさせられた。
主人公の宇源太は類族である。類族とは、キリスト教が禁止させられていた江戸時代に幕府によって強制的に改宗させられたキリシタンのこと。転びキリシタンと呼ばれた人々の子孫は五代のちまで幕府の監視下に置かれ、藩外に出ることさえかなわなかった。ひそかに古里を抜け出し、江戸に向かった宇源太だが、何かに導かれるように仏教、神道、キリスト教とかかわり、宗教のさまざまな姿を見つめることになる……。
キリシタンもしくは類族の視点に立ち、日本の近代史を振り返ると、まったく異なる世界が見えてくる。世界でも例のない「無血革命」と称される江戸幕府から明治政府への移行も、弾圧される側のキリシタンには何の変化も意味しなかった。一方で、江戸幕府の寺請制度の恩恵を受けてきた仏僧たちが、神仏分離令が発令されるや僧籍を捨て、なびくように神道の神官になる姿のあさましいこと。ただ、それは宗教にまったく関心を持たない私自身の姿とたぶるようでもある。
歴史の教科書には「浦上信徒弾圧事件」(1868〜73年)とわずかに登場する事件も、文庫本2冊の小説を読んで初めて実感を伴い、少しは理解することができた。大河ドラマは「篤姫」「龍馬伝」と幕末ものがはやりだが、NHKも「公共放送」を名乗るならば、この小説をドラマ化する気概を見せてほしい。