高校生の頃、国語の教科書に一部分が採用され、なぜか引き込まれたのが原作との出会い。
その後、昭和63年の暮れに深夜のTVで「それから」と一緒に放送されたのが、この映画との
出会いでした。既にその頃には原作を完読していましたが、かなり忠実に映像化されて
いたのが印象的でした。イメージが壊れなくてよかったな、と。市川崑監督って、「金田一
シリーズ」では原作と犯人を変えてたりしますから…。
原作との大きな違いといえば、小説では一人称である「私」が、「日置」、「K」が「梶」、
「奥さん」が「静」と、それぞれ名前が付けられているくらいでしょうか。これは映像化
する上ではやむを得なかったのでしょうね。
ですので、活字が苦手で小説の代わりに手っ取り早くこのDVDを観ても大きな勘違いはないと
思います。
上記のとおり市川崑監督による作品ですが、昭和30年公開のモノクロ作品ということで、
後のスタイリッシュな映像美はまだほとんど観られません。が、日本家屋の屋根を俯瞰した
ショットなど、どこかで観たシーンがこの時点で既に観られるのも一興です。
また、明治の東京をそれらしく再現している美術も素晴らしいです。
キャストでは、「奥さん」を演じる新珠三千代さんの憂いを帯びた美しい表情が印象に
残ります。回想シーンでは快活なお嬢さんを可愛く演じているので、夫の「こころ」を
分かれずに静かに苦悩する現在の悲しみが一層重く伝わります。それでもかすかに艶めく
空気を漂わせているのが凄いです。こんな女優さん、今いませんね。
もちろん、当時絶好調だったと言われる森雅之さん、朴訥な三橋達也さんもそれぞれの
やり方で苦悩を演じきった印象があります。
なんにせよ、大変重苦しい映画です。原作がそうなので仕方ないことですから、それを承知で
観る映画だと思います。
原作も映画も古いですが、底辺に流れる精神性はちっとも古びていません。時代は変わっても、
人が人を想うこころ、それに伴って生まれる嫉妬心、猜疑心などは何も変わらないのですね。
この映画が残す重い余韻は、明治(原作の舞台)・大正(原作の出版)・昭和(映画の製作)・
平成(DVDの発売)という時代を超えて、そのことを静かに訴え続けています。