著者は1984年年生まれで北海道出身です。中学生時代に日本の「管理画一的」教育に悩み、自分の進路を模索し、小学生の頃好きだったムーミンの国、フインランドへ旅立ちました。受け入れてくれる高校探し、ホームステイ先探しから始まり、ことんどフインランド語がわからずにスタートした高校生活。友人たちとの出会い、勉強、ロックバンドをつくって日本の歌を演奏、ダンスパーテー、とても難しい卒業試験を乗り越え4年後に高校を卒業するまでの、エピソードが生き生きと描かれています。文書が巧いというより、本当に等身大に高橋さんの感情、疑問、不安、喜びがまっすぐに書かれていて、登場する人たち(フィンランドで実在する人たち)が一人一人が豊かな姿でイメージできるくらいひきこまれました。
全編を通じて感じたのはフインランドの人たちの、どんな人、できごとにも良いことを見いだそうとする姿勢が自然に現れていることです。私たちは日本人は何かと「人に迷惑をかけない」ことをこころがけ、「すみません」「ごめんなさい」と言ってしまいます。「なぜ、すすぐに謝るの?何も悪いことをしていないのに」と不思議そうにそのことを友人から指摘されて高橋さんは、「そういうえば、私は何を恐れているのだろう」とこれまでの日本での学校でのできごとをふりかえります。中学時代に生徒に暴力をふるう教師に対して何も抗議できなかった自分を責め心に鎧をつけていた自分が変化してきたことに気がつきます。ありのままの自分でいいことに、そのことを自然に認め合うフインランドの社会の懐の深さが、彼女の成長を促していきます。高校の卒業試験のエピソードも印象深く、フインランドでは国家試験として厳密な高校の卒業試験があり、それを通らないと卒業できないこと、人によって3年、3年半、4年と修学年限を選べることなど興味深い話でした。
フインランドは学力世界一と評され、その教育に関心が高まっています。その背景には人づくりこそが国家の最大最高の事業であるという合意があり、公教育重視、、一人一人に応じた教育を通じて平等をめざしていく、教師の社会的地位の高さとレベルの高さ(大学院修士が基本)などがあります。そして実は参考にしたのは日本の教育基本法だったそうです。改正される前の基本法の高い理想をめざし努力してきた国がフインランドで、理想を骨抜きにしついには変えてしまった日本は学力格差、教育格差の矛盾で公教育が危機に瀕しています。
高橋さんの、留学には、ご両親の大きな理解と支援、本人の強い意志がありました。本当にすごいことだと思います。広い世界の視野から日本を問い返す若い世代が少なからずいることに励まされます。これからも彼女のまっすぐな目線でとらえたフインランド社会の様子を教えてくれることを期待します。