2001年に脳梗塞で倒れた免疫学者の多田富雄さんと、難病で研究を断念し、30年近く闘病している遺伝学者の柳澤桂子さん。生物科学者であり、優れたエッセイストでもあるお二人がそれぞれの闘病の体験のみでなく、社会問題、男女についてなど、多岐にわたる話題で交わした往復書簡には、多田さん自身が書いている「明晰にものを考えること、美しいものを求める心、真理に対する憧憬、好奇心などは、もともとは科学者にこそ求められる資質」が充分に現れていると思います。
この往復書簡と並行する時期に、多田さんは鶴見和子さんとも往復書簡を交換され、そちらは「邂逅」という本として出版されています。鶴見さんとの対話は、鶴見さんの専門分野が離れているためか、お互いの学問の立場の説明から入らねばならない分のもどかしさのようなものが先立つように感じられました。専門が近い相手であるため、そういった説明的な部分が少なくてすむからでしょうか、こちらでは、多田さんはよりのびのびと書かれているように感じます。柳澤さんは新しい論文も良く読まれているようです。途中で研究を断念せざるを得なかった思いでしょうか。その部分は少し専門的過ぎて難しい、と感じる読者があるかもしれません。でも、その部分が「新参の」障害者である多田さんの専門の記憶を上手く刺激して、対話の「血行」をよくしたのではないかと思います。
戦争、という話から「男の闘争性遺伝子」「遺伝子の発現を正しい時期に正しい形で引き出す教育」などのように話が広がるのは、さすがに二人の生物科学者の対話、というところでしょう。男性と女性、という両方の性からの見方の違いも現れていて、「オスとは遺伝子を変化させるために、変わること、を目指すようにできてしまったのだろうか」と考えることを刺激されました。
「病気の中にはは障害物競走のようなおもしろみがある」という鶴見さん、「もぐらたたきというゲームのようだ」という多田さん。学者の対話という知性を刺激する文章に加えてこうういう明るさもあって、慰め、励ましもくれる書簡集です。
お二人の、最後の往復書簡の、別れを惜しみ、励ましあう言葉が美しく、心に残ります。