内閣官房副長官とは、いわば事務方のトップオブトップ。5人の総理にそう見込まれ、異例の長期間、そのポストに君臨した古川氏の経歴は、意外にも長崎県庁から始まっていました。
県職員として勤務しながら国家公務員試験の勉強をして、官庁訪問を重ねて合格。そこから、国民年金の制度化、厚生年金法の改正、公害関係法の研究、大気汚染防止法の策定・改正、公害健康被害補償法の策定など、日本の根幹を支える法制度の立案・実行に取り組むことになります。資料作成、厳しい折衝、国会対応。もちろん連日の徹夜作業です。「朝の来ない夜はない」という言葉が重くのしかかります。
内閣官房に出向すると、睡眠は一日三時間以下に。「三時間しか寝れないから参事官か。」とこぼしつつ、朝から晩まで内閣の裏方を支えるのに尽力します。
さらに福祉行政の改正などに取り組んで、内閣官房副長官へ。裏方事務に加えて危機管理への対応やマスコミ対応など、一日も一時間も気を抜けないポストを八年七ヶ月も勤め上げたのです。
巷には、役人の不祥事のニュースが絶えることがありません。しかし、そういうどうしようもない連中が居る一方、古川氏のような人間離れした能力と気力と体力を備えた人物が、この国を支えているのもまた事実です。