わたしは学生時代からずっとロラン・バルトを読んできて、ほぼ全ての彼の著書を読みました。この本はバルトのいわば処女作となります。翻訳としては、わたしが知る限り、既に二つ存在します。わたしはそれらを読んで、バルトの『零度のエクリチュール』を完全とはいいませんが、理解したつもりでいました。しかし、この(つまり石川美子訳)を読んで、しっかりと理解していなかったと痛感しました。つまりこの新訳は、それほどすばらしく、明晰で、注も必要にして十分です。また、解説(バルトがどのようにして登場したのか、つまりフランス文学界にどのようなかたちでデビューしてきたのか、その資料)もきちんと盛り込まれています。
まあ、唯一残念なことをのべるならば、みすず書房から出版されていた以前の『零度のエクリチュール』には付録(だがこちらの方がページ数が多い)として、バルトを記号学の先駆者ならしめた『記号学の原理』が、存在しません。
このことに関しては、是非、石川美子訳で単独で、『記号学の原理』がみすず書房より出版されてほしいものです。
記号学(記号論)はも早時代遅れのものと思われている人もいられるかと思いますが、少なくともわたしは、(竹田氏が、「現象学は思考の原理」と申されているように)、「記号学は世界を読み解く人間の原理」であると思われます。
戻りますが、本書は誠に名訳です。新旧を読み比べてみるのも何かの役に立つのでは。