個人的な意見ではあるが、幻想奇想を扱う書物は、何処かそれが狂人の手によって書かれた世界であると、そんな錯覚を抱かせるものが良いと考える。つまりは、著者その人が狂気の領域に踏み込んでいると思わせるような・・・。そういった点で、この作品はまさに狂人の手記そのものである。
著者はノーマン・ロックなる実在の劇作家兼小説家、しかしこの物語を綴ったのは、ジョージ・ベルデンなる謎の建築家ということになっている。ロックは、ベルデンの手記を編集したに過ぎない、という。そこで綴られるのは、雪に閉ざされた極寒の世界。凍りついた影、幻の女、狂気の果てに視た牢獄の建設・・・淡々とした描写には、雪の冷たさは感じられない。にもかかわらず、この冷え冷えとした肌触りは何だ? 陳腐な表現ではあるが、そこには『死』の冷ややかさがある。
おそらく、柴田元幸氏の名前がなければ購入には踏み切らなかったであろう書物。しかし、これは相当な掘り出し物。他の方も書かれているが、何度でも読みたくなる。何度でも読むことによって、より一層の凄味を増す、そんな書物だ。新たなる奇書の誕生とその出逢いに感謝したい。