同潤会アパートなど集合住宅の研究で知られている著者が,集合住宅に刻まれている時間を解き明かす.
古い集合住宅といえば,同潤会が有名であり,各地で取り壊し反対運動が起きたにもかかわらず,ほぼ解体されてしまった.耐震性や相続税の問題,そして日本人の新物好きなどにより,集合住宅に限らず,造っては取り壊しと言う生産性に欠ける繰り返しが日常的に行われている.欧州の街並などのように,100年前の建造物は新参者と言われるような文化とは対照を成している.
しかし,古い建造物を見てみると,その中にも居住者の工夫によって手を加えられて使い続けている例は多い.また,本書で紹介されている求道学舎のような大正建築のリノベーションも,新しい道として行われている.
取り上げられている集合住宅の建築時期が,ある時期に集中しているのは偶然ではないことがわかる.一つは,同潤会に代表される関東大震災の復興時期.そして,住宅公団が発足する高度成長である.これらの時期に,多くの集合住宅が建造されて永く住まれてきた.
本書は,淡々と集合住宅を紹介していくが,いくつか住む人のエピソードが交えられて語られていく.凶刃に倒れた浅沼稲次郎が,同潤会の清砂アパートに住んでいたトピックなど,意外であり面白い.
本書で秀逸なのは,最後の1章.これは,著者自身の居住の話であるが,コミュニティ形成の実例として非常に面白い.詳しくは述べないが,笑いを堪えながら読んだ.コレクティブハウスは,どのように造るかなどという大上段に構えるわけでもなく,ごく普通の分譲マンションでさえも,成り立つことが実証されている.一言,「由美ちゃん」は凄い.
私事だが,長かった賃貸集合住宅生活から離れるが,日本に優良な賃貸住宅がなかなかできてこなかったことは,大きな問題点と考える.これから少子化の影響が色濃く出てくる時代を迎え,賃貸の集合住宅を長く大事に住むことが,LCA(ライフサイクルアセスメント)的にも重要であろう.そして,そこには,長年にわたって育まれるコミュニティの重要性がそこにはある.