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集中講義・精神分析〈上〉精神分析とは何か/フロイトの仕事
 
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集中講義・精神分析〈上〉精神分析とは何か/フロイトの仕事 [単行本]

藤山 直樹
5つ星のうち 4.2  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容紹介

気鋭の分析家が精神分析の本質をダイレクトに伝える―フロイトの「精神分析入門」と同様に,精神分析を知らない聴衆にじかに伝える系統講義。
精神分析の理論を平板に紹介するのではなく,対話のなかで練り上げられて行く生成の過程を,実際に精神分析という営みを行なっている分析家が語りつくす。

内容(「BOOK」データベースより)

気鋭の精神分析家である著者が、読者に自らの考える精神分析の本質をダイレクトに伝える講義。初心者から専門家まで、生きた精神分析に触れることのできる好著。

登録情報

  • 単行本: 279ページ
  • 出版社: 岩崎学術出版社 (2008/11/1)
  • ISBN-10: 4753308154
  • ISBN-13: 978-4753308156
  • 発売日: 2008/11/1
  • 商品の寸法: 21 x 14.8 x 2.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.2  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
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21 人中、15人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
本書は大学学部の講義録であり、上巻は前期分、フロイトが生まれて死ぬまでを網羅し
ている。ちなみにまだ現在は出版されていないが、下巻ではフロイト以後のことが書か
れているようである。また、最初の方で著者は「日本で最高水準を目指す」といったこ
とを書いており、最後まで読むとその意味が大変良く分かることと思う。

今までの精神分析の入門書やテキストは精神分析の様々な理論を並列的に並べて説明し
ているものが多いようである。しかし、本書では初めに精神分析は学問というよりも実
践であるというコンセプトを明確に打ち出し、臨床の生のリアリティをそのまま伝えよ
うと著者は常に意識していることがとてもヒシヒシと伝わってくる。しかし、精神分析
は体験しなければ分からないという側面もあり、それを講義の中でどのように伝えたら
良いのかに四苦八苦している著者の姿もまた見えるようである。このコンセプトが十分
に達成できているのかは定かではないが、少なくとも僕には著者の臨床実践の片鱗をう
かがうことができ、自分の実践と照らし合わせて再体験できたような感じもある。

さらに、精神分析は文化的・社会的・歴史的な文脈から生まれ、個々人のパーソンナル
なものが密接に絡み合っているのかが大変重要であるという視点から、フロイトの出生
や生き方、パーソナリティを描いていくことにも本書は力を注いでいるようである。そ
のことによって、一つ一つの精神分析の理論や技法が単に知識として理解されるのでは
なく、体験として理解されるようになっている。著者は「歴史的な流れが重要」という
ことも書いており、その通りにフロイトの理論的変遷を時間順に追いかけていることも
また精神分析の理解を深みのあるものにするのに貢献しているように思う。
このレビューは参考になりましたか?
8 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
非常に希有な本である。
心療内科の臨床や、心理臨床の現場で精神分析的技法を用いるというのではなく、「精神分析」そのものを行っている、正真正銘の精神分析家による(大学での)講義録である。

つまり、毎日決まった時間になったらクライエントが著者の家を訪れてきて、長椅子に横になって、色々と頭に浮かんだことを話し…という営みをこの日本で実際に行っており、かつその収入で生活している人間が書いた本なのである。

非常に失礼な言い方だが、まあ何というか、「チョンマゲを結って腰に大小の刀を差し、草履で歩くあのサムライがまだ日本にいた」的な衝撃を受けてしまう。
(実際は、世界に数千人ぐらいの分析家がいるという。その意味で、私の受けた衝撃は日本人特有の誤解に基づいているのだろう)

意欲的で示唆に富んだ内容はさておいて、個人的に気になったことが一つある。
下巻のあとがきによると、本書はテープレコーダーに録音した記録を基に構成されたとの事だが、実は「下巻に含まれるべきいくつかの講義の録音がうまくいっていないところが多々あり、そこをあたかもしゃべっているかのように書いて補うという作業を」しなければならなかったという。

こういうアクシデントは、普通なら単なる偶然や不運として片付けられてしまうものだが、精神分析の世界ではそうはいかない。
こういう不慮の事態というのは、必ず主体の「無意識の欲望」が関係しているからである。

ちなみに、私が読んだ限りで「ああ、ここは文章として書いているな」という印象を最も強く受けたのは、ラカンについての回だった。
本書を貫く(講義録という)バーチャルな「臨場感」が、ラカンの回のある部分でスコンと抜けていたのだ。

扱いこそ小さいものの、本書の著者はラカンの思想や方法論のラディカルさに一定以上の評価を与えている。
フロイト以後の精神分析における最もラディカルな分析家として、クラインとラカンを挙げていることからもそれはうかがえる。
だがその一方で、ラカンには引っかかりというか、ある種の違和感を感じているようにも思えた。

ご存じのように、ラカンは精神分析において「鬼っ子」のような存在である。
その独自の方法論や特異な性格から、ラカンはIPAという精神分析の国際学会から「破門」された経緯がある。
(ラカン派の精神分析団体の多くは、現在でもIPAに所属していない)
対象関係論という、精神分析においては比較的主流の立場にある著者の、ラカン派に対するとまどいがまさにアクシデンタルな次元において表現されてしまった気がしてならないのである。
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26 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
熱中人 2009/3/18
形式:単行本
どれくらいの人がご存じなのか分かりませんが、NHKの番組に「熱中時間」というのがあります。その番組には、バックギャモンに人生を見る人とかウミウシにはまる親子とかジャンボひょうたん会の会長とか、たいへんにマニアックな対象に欲望の対象を見る人々がたくさん出てきて、私の興味を引き寄せずにはおりません。個人的には、それら個々の対象にはまり込むようなことになるとはまったく思えないのだけれど、そういうマニアックなものにはまっている人々の姿というものには、得も言われないワクワク感を呼び覚まされるところがあり、藤山さんのこの著書にも、かの番組に出ていた“熱中人”と同じ熱きマニアック魂がほどばしっているように感じられ、非常に楽しい読書体験になりました。

精神分析に関する文献は、割と数多く目にしている方だと思うけれど、これだけ、精神分析業界の内部から“中で”どのようなことが行われているのか“生々しく”描かれている本というのも、これまで無かったように思えます。そういう点からも、非常に興味深い書物であります。

噂でちらほら聞いていたり、その手の断片的知識から計算してみればすぐに分かることでもあったのだけれど、この藤山さんの著書においてはっきりと、“精神分析”という営みが金と時間のかかる道楽(遊び)であるということが示されております。

世間的に見れば“精神分析”と言えば、心理療法だとかカウンセリングの一種として思い浮かべてしまわれるのかもしれません。

しかし、本式の“精神分析”というものは、単なる治療行為とは異なるものであるらしいことはこの本を読むとわかります。藤山さんは言います。精神分析は精神医学や臨床心理学とは違って「(患者、あるいは分析を受ける人の)生きることそのものの援助」、「その人が人間として生きるということの」援助、であると。

そして、その援助を受けるため(被分析者になるため)に当人が持っていなければならないものとして「希望を持つ能力」というものをあげます。「希望を持つ能力」がどのようなものかと言うと「(精神分析を受けていれば)特に根拠もないのにハピネスにまつわることが自分に起きるのかもしれないと思える力」(P76)であると。

つまりそれは、精神分析を、また、分析を行う分析家を、無根拠に信じるのでなければ被分析者にはなれない、と言っていることに他ならず、それは要するに、精神分析とは一つの宗教である、という宣言と言えるのではないでしょうか。

藤山さんは、精神分析と宗教、という一節において、精神分析が外からは宗教と同じではないかと見られてしまいがちな点について、フロイトは「宗教は全部病気」と言っている、とフロイトの口を借りてその項を済ませてしまっているけれど、藤山さん自身がどう考えているのかは示されておらず、この点についてはやや残念に思えました。

私は、この本を読むまではそうはっきりとは思っていませんでしたが、読後、かなり強く思ったのは、精神分析家を要請するシステムというのは、宗教に他ならない、ということです。そして、藤山さんは、自信を持って、この営みは、信じれば幸せ(ハピネス)になれる宗教なのだ、と宣言すればよかったのではないか。宣言すべきだったのではないか、とどうしても思えてしまうのでありました。

まあ、これは上巻なので下巻ではそれに近い宣言が出ることを期待し、私は、“精神分析”という営み(実践)から生み出された“カス”“うん○”(この書を藤山さんの使っている言葉で形容してみました)を肥料とし、私の精神分析を育てていこうと思うのでありました。
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