本書は大学学部の講義録であり、上巻は前期分、フロイトが生まれて死ぬまでを網羅し
ている。ちなみにまだ現在は出版されていないが、下巻ではフロイト以後のことが書か
れているようである。また、最初の方で著者は「日本で最高水準を目指す」といったこ
とを書いており、最後まで読むとその意味が大変良く分かることと思う。
今までの精神分析の入門書やテキストは精神分析の様々な理論を並列的に並べて説明し
ているものが多いようである。しかし、本書では初めに精神分析は学問というよりも実
践であるというコンセプトを明確に打ち出し、臨床の生のリアリティをそのまま伝えよ
うと著者は常に意識していることがとてもヒシヒシと伝わってくる。しかし、精神分析
は体験しなければ分からないという側面もあり、それを講義の中でどのように伝えたら
良いのかに四苦八苦している著者の姿もまた見えるようである。このコンセプトが十分
に達成できているのかは定かではないが、少なくとも僕には著者の臨床実践の片鱗をう
かがうことができ、自分の実践と照らし合わせて再体験できたような感じもある。
さらに、精神分析は文化的・社会的・歴史的な文脈から生まれ、個々人のパーソンナル
なものが密接に絡み合っているのかが大変重要であるという視点から、フロイトの出生
や生き方、パーソナリティを描いていくことにも本書は力を注いでいるようである。そ
のことによって、一つ一つの精神分析の理論や技法が単に知識として理解されるのでは
なく、体験として理解されるようになっている。著者は「歴史的な流れが重要」という
ことも書いており、その通りにフロイトの理論的変遷を時間順に追いかけていることも
また精神分析の理解を深みのあるものにするのに貢献しているように思う。