とんでもない小説に出会ってしまった……。
【あらすじ】
主人公、種田静馬は『ある目的』を持ってスガル伝説と呼ばれる特殊な民間信仰を持つ寒村を訪れたのだが、そこで自らを探偵修行中の身と称する水干姿の少女、御陵みかげとその父親の一行と出会う。その後、静馬は殺人事件に巻き込まれ警察に殺人犯の嫌疑を掛けられるのだが、みかげは静馬は犯人でないと庇い、同じく探偵であった亡き母の遺志を継ぎ、この事件を解決すると言い出すのだが……。
【感想】
麻耶雄嵩氏の本を全てを読破している分けでは無いが、私の知る限り本書は氏の作品の中では(表面的な文章表現のという意味では)非常に『読みやすい』作品であると思う。正直に言って、氏の他作品の多くは外連味と衒学趣味たっぷりの文章で、且つ常用外漢字を多用したありえない人名や固有名詞を多用するため、はっきり言って読みにくい。初期の作品群は特にそれが顕著である。
しかしながら、そのことによって著者側から『同好の有志(バカミス・アンチミステリ好き)はカモン、素人の一見さんはお断り』の意思表示が暗に示され、読者層が完全に分断され好きな人は評価に関わらず好んで読むが、興味のない人や知らない人はそもそも読まないし、例え書店で気になってパラパラめくってもその文章によって興味がわく可能性は低いため、良い感じに固定ファンによる安定的な評価を受けていたのだろうとふと思った。
身も蓋もない言い方をしてしまえば「マニア受け」だ。
ただ、本書はそう言った表面的な読みにくさは鳴りを潜め、文章は非常に簡潔になり読みやすくなっており、あまつさえ2010年度の本格ミステリベスト10の第一位に輝いてしまった為、多くの人の目に触れることになってしまった。更には、内容的にも前半は、助手役のやさぐれた男性主人公と魅惑的な女性名探偵兼ヒロインとの、それはそれはもう手垢のついた位のありきたりな『ボーイ・ミーツ・ガール』モノとして描かれており、初心者にも非常に窓口が広い作りになっている。
しかし残念ながら内容に関して本書は窓口(入口)は広いが出口が狭い。寧ろ、狭いというよりは普通の読み物をとして読んだ場合は出口の手前に硫酸の溜まった落とし穴が仕掛けられているとでも言ったところか?
簡潔化された文章とは裏腹に、恐らく歴戦の著者のファンでも驚くぐらいの『歪み』を内包した作品であり、本書は氏のファンの上級者が読むべき本である。
このamazonでの他の方のレビューを見ても、氏の小説を初めて読んだと思われる方と、氏の小説のファンであると思われる方での評価の乖離具合を見てそのように感じた。
普通の読み物として読んだ場合「登場人物の心理描写が描けていない」「シナリオが破綻している」といった評価は極めて正鵠である。加えて普通の本格ミステリとして見た場合でも、トリックや犯人当てはアンフェアとまでは言わなくとも荒唐無稽だと言われても仕方ないだろう。
しかしながら、本書は物語やミステリのお約束や定石を知らない人間が安易なウケ狙いに走った結果では決して無く、本格ミステリ作家として意外性を希求し続け、本格ミステリの在り方(名探偵の在り方)を追求した著者の想像力の限界に挑んだ帰結であり、そこに安易さは存在しない。
普通の小説家としてではなく、ある一面に尖ったエンターテイナーとしての求道的作品(例えるなら、一流のマジシャンがどうやったら自分のショーを見飽きるぐらいに見てくれた観客に対して、さらに驚いてもらうか考えた末のマジックのようなもの)と考えれば読み手の期待に応えた十分優れた内容であり、高い評価を受けても良い作品だと思った。