原子力発電の本はいろいろ出ていますが、この本を選んだのは著者の他の著作『
原子力と共存できるか』を読み、科学的で真面目な記述に感動したからです。そちらの本は公立図書館等で保有しているところも多いと思います。借りて読まれることを強くお勧めします。
副題に「原子力の専門家が原発に反対するわけ」とあります。なぜでしょうか。朝日新聞が原子力発電を推進していた時代に科学部の記者だった大熊由紀子さんの書いた言葉を引用します。
「私は、原発廃絶を唱える多くの人たちの書いたものを読み、実際に会ってみて、彼らが核燃料のことや、放射線の人体への影響などについて、正確な知識を持ち合わせていないことに驚いた。多くの人たちが、アメリカの反原発のパンフレットや、その孫引きを読んだ程度で原発廃絶を主張していた。」(大熊由紀子著 『核燃料―探査から廃棄物処理まで (1977年)』)
当時から今に至るまで、原子力発電反対=科学的無知という考える人は少なくありません。事実、私自身も学生時代は反原発を非科学どころか反科学だとさえ思っていました。考えが変わったのは、大学院に進んで実際に放射線管理区域の中で実験をするようになり、そこで行われている作業を体験してからです。私が入ったのはラボですが、もっと危険な場所で作業をする人たちは放射線の危険性をそれほどはっきりとは知らされていませんでした。さらに、堀江邦夫さんの『
原発ジプシー』を読みました。他人の健康を犠牲にしてまで便利さを享受したくない。そう思いました。
著者も恐らく原子力の未来を信じて原子核工学科へ進んだのだと思います。その著者も原子力発電の危険性を意識するようになりました。今は各大学の原子力関連学科が学生獲得のために学科名を変えたりしていますが、著者と同世代の人に聞くと当時は秀才が集まる人気学科だったとのことです。
この本は原子力発電の危険性をこれ以上ないほどに易しく説明してあります。発電所だけが危険とする本も多いのですが、この本は前工程のウランの採掘から濃縮、後工程の廃棄物の処理の危険性も述べています。廃棄物の処理ではアルファ線核種であるプルトニウムを扱います。その危険性はウランの比ではありません。また、あちこちの原子力発電所で計画されている、ウランにプルトニウムを混ぜた混合酸化物燃料(MOX)を使用すること(プルサーマル)の危険性、さらには高速増殖炉の危険性(高速中性子を使うため制御が難しい)にも言及します。今回は取り返しの付かない事故が起こりましたが、これから起こるかもしれないもっと危険な事故を未然に防がなくてはなりません。
被曝にここまでは安全とする閾値はあるのか、という問題があります。かつてはある程度までは生体の回復力が優って無害という考えがあったそうです。今でも少量なら体に良いと主張する人がいます。その後の研究で、少量の被曝のほうが被曝量の割に健康与える被害が大きいらしいということが分かってきました。この本はそのことも説明しています。
原子力を推進する人たちは、地球の温暖化の原因となる二酸化炭素を出さないから原子力は「クリーン」なエネルギーだと言います。本当でしょうか。著者は疑問を投げかけます。二酸化炭素が原因だとは言い切れないが、原因でないとも言い切れません。著者はそのことを科学的に認めながら、排熱と核生成物が環境を汚染することを指摘します。著者が学生時代に水戸巌先生から言われたように、原子力発電所は「海温め装置」です。原子力発電所が生み出す核生成物は二酸化炭素以上に有害です。人類は死の灰を作り出しましたが、それを消すことは現時点では出来ません。自分たちが扱える以上のものを作り出してしまったのです。
以下は既にこの本を読んだ方のために書きます。
分かりにくかったのではないかと思う箇所が2点だけあったので僭越ながら補足します。
1. 質量管理と形状管理。
ウランの同位体で燃料となるのは質量数が235のものでU-235と書きますが、分裂の際に中性子を平均2個以上出します。その中性子が他のU-235に当るとそれがまた核分裂し中性子を出します。これが連鎖反応です。自然に連鎖反応が進む、進まないの境い目を臨界と言います。ウランの同位体のU-235同士が固まっていれば臨界に達しやすくなります。容器などの大きさを決めて一定量以上のU-235が一箇所に固まらないようにすることを質量管理と言います。原子の中は思う以上にスカスカです。ですので、少量なら中性子が他のU-235に衝突する確率は非常に低くなります。
また、ある程度の量を球や立方体の容器に入れるなら臨界が起こる場合でも、細長い筒のような容器に入れるなら、飛び出した中性子が他のU-235の原子核に当る確率が小さくなるため臨界に達しません。そのような容器を使うことを形状管理と言います。
2. グレイとシーベルト。
グレイ(Gy)は吸収線量の単位です。放射線は他の分子や原子と衝突して、電子を弾き出したり、化学結合を切ったりします。そうしてエネルギーを相手に与えます。吸収線量は物体、生体、気体などが吸収したエネルギーを表します。シーベルト(Sv)というのは生体に与える影響を吸収線量に加味して加重したものです。
国際放射線防護委員会 ICRP(International Commission on Radiological Protection)の定義に線量等量(dose equivalent)、等価線量(equivalent dose)などがあります。グレイの表す量は一通りの定義ですが、シーベルトは複数の定義があります。生体に与える影響(Sv)=荷重係数×吸収線量(Gy)です。線量等量の荷重係数は、放射線粒子が水中を進むときに単位長さ辺りどれだけのエネルギーを与えるかのLET(Linear Energy Transfer)という値がありますが、その関数で1以上30以下です。等価線量の荷重係数は、ベータ線、ガンマ線、エックス線が1、アルファ線が20です。中性子の場合はエネルギーにより異なります。
なお、JCOの事故の時は中性子の吸収線量(Gy)をガンマ線の場合に換算した「生物学的ガンマ線相当線量(Gy Eq.)」というものを用いたのだそうです。そこでは中性子の吸収線量に1.7という係数を掛けたものがガンマ線の吸収線量に相当するとしています。理由は急性被曝の臨床データがガンマ線の吸収線量を基準にしているためだそうです。
プルトニウムやプルサーマル、高速増殖炉、再処理の問題をさらに詳しく知りたい方に、高木仁三郎さんの『
核燃料サイクル施設批判』または『
プルトニウムの恐怖』をお勧めします。放射線とは何か、どんな害があるかを一般向けに説明した本に野口邦和さんの『
放射能のはなし』があります。出版社のサイトによると、5月31日に増補改訂版が出るそうです。
[追記]
補足説明のところを読み返し、分かりにくい書き方だったかと反省します。小出さんは私と違い高校生でも理解できる程度に易しく説明していますのでご安心ください。
なお、この本を物足りなく感じた方には吉井英勝さんの『
原発抜き・地域再生の温暖化対策へ』をお勧めします。最新のデータに基づき違った観点から原子力発電の問題点を指摘しています。吉井さんは原子核工学科出身の国会議員で、福島原発の非常用電源が津波の影響を受けやすいことを2006年に国会で追求した人です。民主党、社民党、自民党の原子力政策を批判した個所が一箇所あったと思いますが、政治色は薄く技術的問題を中心に述べています。右であれ左であれ良い点は学ぶべきと思います。
基礎的なことを突っ込んで説明した本として高木仁三郎さんの『
反原発、出前します―原発・事故・影響そして未来を考える 高木仁三郎講義録』もお勧めします。原子力発電の危険性を説明する講師を養成するための勉強会の講義録です。高木さんは放射線化学の専攻で日本の原子力発電の創生期にプラント建設を行う企業で研究を行った経験があり、その後に原子力発電の危険性を一般市民に知らせる目的で原子力情報資料室を私設した、いわば脱原発の原点とも言える人です。