20年以上、福祉に関わりかつ自分自身が「障害児」を持った者として、又同じような「障害の受容過程」をたどった者として、世の中には「障害児」を持つ者とそうでない者との「超えられない溝」があると、認めざるを得ないのであるが、(内心、そうではない見方もあるとも考えてはいる。)、この手記の中で印象に残り、かつ常日頃考えていることは、誰もが「障害児」をもつ可能性があること、また、そうなった場合の「親の会」あるいは「ピカウンセリンング」の重要性は、いくら話しても話し過ぎると言うことはないということである。病院のNICUや障害児施設は「見えない施設」であるが、ノーマライゼーションとは、そのような「見えにくいもの」を見えるようにしようという思想ではなかったのではないか。ユニバーサルデザインという言葉が、一世を風靡しているようであるが、その言葉のために、大切なものが失われてしまいつつあるのではないかと危惧するこの頃である。この本を手にされる方はどの程度いるのであろうか?可能であれば、高校の「家庭科」の中に、「障害児をもつ可能性があること」をカリキュラムとしてもらえば、人間の幸福と不幸についての思索も少しは深まるのではないかと考える。
なお、医療関係者のカウンセリングマインドについては、いわずもがなのことである。