「小説は学問ではない」という最初のページの言葉が重い。それを証明した西村賢太は偉大である。
随筆集と銘打っているが、前半は見事な近代異端文学論集である。著者が傾倒する藤澤清造と同じくらい魅力的に書かれているのが、倉田啓明というインチキ作家だが、谷崎潤一郎の贋作を書き、自らの亀頭に刺青を彫っていたというだけで、引き込まれてしまう人物ではないか。ところで藤澤清造全集はどうなったのだろうか。本が飛ぶように売れているのだから、出版資金はもう問題ないのではないか。西村賢太全集のほうが早く出そうな勢いではないか。
16ページの「世によくいる、“わが仏のみ尊し”を否定することで自分の批評眼の冷静さ、中立性と広い視野をアピールするような、しみったれた連中」とは、明らかに大学の文学部教授のことであろう。文学部教授は、自らの社会的地位のために、無頼作家との間に一定の距離を保つことを特徴とする。自分の恥を晒すことができないので作品の一行も書くことのできないくせに、大学教授という肩書で作品に余計な注釈を書きくわえ、そのことで文学の権威であることを誇り、有名か無名かのみで作家を判断し、自己保身のためにすでに評価の定着した有名作家だけを勲章のように掲げ、作品の本質には決して触れることのできない、まことにつまらない連中である。