ノーフォーク街はABCショップの隅の席に腰をおろし、女性記者ポリーを相手に迷宮入りクラスの事件を鮮やかに解決してみせるのが本作品の
主人公であり安楽椅子探偵の原型ともいえる隅の老人である。
グロテスクな風貌とは裏腹に大好物はチーズケーキとミルク。それを自惚れ屋の雄猫のようにちびちびやる。そして神経質な指で紐の切れ端を
くり複雑な結び目をつくりながら思索に耽るのだ。だが意外に行動的な面もあり、検死審問がひらかれるやいなや、ちゃっかりと最前列に座る
じいちゃんなのだ。
構成面としてポリーは聞き手の感が強く、隅の老人はホームズ役でありワトスン役。そんな彼が挑む代表作13篇を収録。思い込みトリックを
扱う「リッスン・グローブの謎」と人間消失トリックを扱う「コリーニ伯爵の失踪」は創意に富んだ秀作。
ストランド・マガジンに連載されたホームズ人気にあやかって登場したともいえる所謂ホームズのライヴァルといわれる探偵だが、その中でも
異色の存在だろう。謎解きの手法において、ホームズの推理=厳密な科学に対して、隅の老人の推理=人間性への帰結ってところが一番の差異
じゃないだろうか。前者はなによりもあるがままを尊重し誇張も卑下もない。後者は何よりも独壇場を好みある意味自己顕示の塊のような人物
ではあるが、だが虚栄心の最たる名前もなきゃ経歴すらないこのじじいの二面性は凄い。。この老人は犯罪の真に迫りすぎる犯罪者に迫り
過ぎるのだ。それが「隅の老人最後の事件」での幕の閉じ方に繋がる。どうしてもとけない紐の結び目のようにしこりが残るラスト、そこに
老人が何より強調する人間性がある。
独断と偏見になってしまうが、やはりミステリは人間学なのだとそう思う。古典ミステリに興味のある方ぜひご一読を。