初の中国人女流芥川賞受賞作家として最近は中国の食べ物エッセイを手がけられTV出演にも踏み出される等マルチに活躍を続ける楊逸さんの小説第5作です。著者が作品を発表して来た出版社は文藝春秋・新潮社に続いて今回の講談社で3社目になり、2008年のデビューから3年間で著書6冊と良いペースで順調に活躍されているなと感じます。著者は基本的に中編作家と呼ぶに相応しく、何時かはもう少し長い長編小説も読んでみたいという希望はありますが、でもそれが作家のスタイルなのであれば今のままでも良いのかなと思います。今回は100頁超の中編が2作収録されており最初こそ著者のお馴染みの設定の作品ですが、表題作では思い切ってパターンを変え今までにない新たな試みに挑戦されています。
『ピラミッドの憂鬱』芥川賞受賞作「時の滲む朝」に続いて二度目の男性を主役にした作品です。中国人留学生青年・鄭楓果(ていふうか)と幼馴染みの石南羽(せきなんう)が富裕な親に頼らずに日本の企業に就職して一旗上げようと奮闘する物語で、怠惰な南羽に対し一足先に入社を決めて活躍する楓果だったが、南羽に日本人女性の恋人が出来た事で次第に二人の形勢は逆転して行く。本作では人として悪くはないが気の弱さと運の悪さから全ての中国人が日本に根づく事が出来るとは限らないという厳しい側面が描かれており、今回もやはり道半ばで物語は閉じられていますが、それでも何とか生きて行く青年の逞しさに希望を託されているのだと思います。
『陽だまり幻想曲』本作での著者の新たな試みは主人公である一児の母親の一人語りで進められている点と、彼女の名前が最後まで記されないままでどうやら今までの様に中国人ではなく日本人女性らしい所です。寛容な夫とまもなく3歳になる息子と暮らす主婦の私が一念発起しパートで働いて職場に近い新しい家に引っ越す。引越し先の隣家は6人の男の子がいる大家族で、ひとり息子の為になると喜んだ私だったのだが・・・・。本作はミステリーではありませんが題名が謎めいていてどういう結末が待っているのか最後の最後まで気になって仕方ありませんでした。結果は幻想=幽霊という安易な物ではなく私達が毎日耳にしない事がないと思える非常に悲しい身近にある問題でした。彼女は今回の出来事を通じて大人しく無口な夫に改めて感謝し、幸せの意味について考え直すに違いないと私には思えます。
昨今は尖閣諸島問題により中国に対する国民感情が悪化しており日本在住の中国の方々にとっては逆風状態になっていると思いますが、やはり著者にはそんな事に関係なく今後も長く幅広く活躍して頂きたいと期待しています。