東条内閣成立から対英米開戦に至る昭和16年10月〜12月の2ヶ月間を陸軍省軍務局軍務課の高級課員、石井秋穂の視点から描いたノンフィクション。
昭和11年8月に発足した陸軍省軍務局軍務課は、陸軍の政治的意思(軍が内閣から独立した政治的意思を持つのがそもそも問題なのだが・・・)を代弁する唯一の機関、政策決定集団として絶大な権力を握った。
木戸幸一内大臣ら天皇側近は対米戦回避という天皇の意向を踏まえ、開戦を主張する東条英機を首相兼陸相に据えることで戦争回避を図るという離れ業をひねり出した。尊皇家である東条は「避戦」の叡慮を知り、主戦論を引っ込めて本気で戦争回避を模索する。かくして軍務局軍務課は東条の手足として、対米交渉に深く関与していく・・・・・・
軍務局軍務課(省部)は、日米交渉で局面を打開しようとする外務省と、強硬に開戦を主張する参謀本部(統帥部)との間に入って粘り強く調整を試みた。しかし陸軍軍人としての本質から、結局は参謀本部に引きずられてしまい、開戦に至る。大本営・政府連絡会議の不毛さはまさに「会議は踊る」であり、こんないい加減な議論で日本の針路が決定されたのかと思うと、暗澹たる気持ちになる。
さて本書の白眉は、極東国際軍事裁判で「平和に対する罪」で絞首刑となった東条や武藤章が実は戦争回避のために努力していた、ことを具体的に明らかにした点にある。東条は「変節した」と参謀本部に糾弾され、武藤は作戦部長の田中新一と大喧嘩をしている。石井は「独ソ戦はドイツが不利になっている」と冷静な判断を下していた。しかし、その彼らにしても、対米妥結に関してはかなり甘い見通しを持っており、譲歩とは言えない譲歩に一縷の望みをかけていた。そこに日本の悲劇がある。
石井は先見性に優れていたが、その彼も、主戦派の説得においては姑息な弥縫策に終始し、国策の根本的な転換など想定の外にあった。当時の軍官僚の限界を見る思いがした。