内容紹介
江戸後期、九谷庄三は江戸前期の(古)九谷焼の復興をめざし、自らは彩色金襴手の画風を確立して、近現代九谷を代表する陶工となった。 10歳で陶業の道に入り、苦節35年。彼の焼き物はジャパンクタニとして海をわたり、世界を魅了した。 だが、彼の生活はあまりに貧しく、だれもその生涯を振り返ろうとはしなかった。今はじめて、彼の生活史を明かす記録が登場する。
著者について
1934年石川県能美市生まれ。元高校教員。現能美市愛陶会会長、九谷庄三会会員、日本陶磁協会九谷支部理事。 能美市は、再興九谷時代に古九谷の美を追い、自らは「彩色金襴手」という豪華な画風を確立した九谷庄三の生誕地。その影響で色絵陶磁に関心をもつ。 1991年、国立博物館(東京)と学会が中心に成立した「古九谷伊万里説」は、「登窯で色絵絶対に焼けない」という陶業イロハさえ知らずに、「神の手」で古九谷論争の決着を図ったと判断。目下、そのねつ造疑惑を全国に発信する。 主な著書に、『古九谷論争の真実・古九谷は伊万里焼ではなかった』(2004年)と『真実の古九谷・ねつ造だった伊万里焼説』(2007年)など。