『陋巷に在り』は、孔子が「儒」の出身であること、孔子の母が顔姓であること、孔子の弟子には顔回をはじめとして顔姓の者が多いといった諸々のことから着想を得たと思われる壮大な歴史ファンタジーです。はるか昔の記録に散りばめられたバラバラな要素を、溢れでる想像力を使って組み立て、独自の世界観を築き上げる手腕は、見事としかいいようがありません。
小説の屋台骨の確かさに加え、登場人物たちもみな個性的な魅力に満ちています。『論語』に数多く登場する子路などは、そのイメージから大きくはずれてはいないのですが、名前しか残されていない人物などは、相当に独創的です。中でも目を引いたのが、孔子の母である顔徴在。破天荒な娘なのですが、女とは思えない意志の強さを持ち、神の命を受け、己のすべてを捨てて孔子を産んだ徴在。彼女が神の声をきく、「徴在の舞」の場面は、作品中の白眉ではないでしょうか。孔子は、この巫女から生まれた顔氏の鬼子です。
この作品は、主に孔子が魯で司寇についていた数年間を描いているのですが、そこには見事に母譲りの孔子の強靭な意志が示されています。そして、愛弟子顔回との不思議な絆を根におき、改革者としての孔子の苦悩と痛みと熱意が伝わってくる作品です。