登録情報
|
鴎外は代々続く津和野藩の御典医の家系の嫡子として生まれ、維新から明治への激変の時代の中、森家の浮沈はただ鴎外の双肩にかかっていた。森家の総領として、明治という新しい社会の中で立身出世に向かって邁進しなければならない事は鴎外にとって宿命であったろう。
鴎外は子供時代から神童といわれるほどに学問ができたが、一方で花を摘んで遊ぶことが好きというような繊細さ、ロマンチシズムを持っていた。
宿命づけられた立身出世と内面のロマンチシズムの葛藤こそが鴎外の人生であったのではないか。その葛藤を陸軍軍医総監としての森林太郎、かつまた、たぐいまれなる作家としての森鴎外となりおおせたことにより、見事両立したのであった。
鴎外はある意味で2足のわらじを履いた人と見られ、このことが作品のすばらしさに比して一般的な人気の低さとなって現れている。しかし鴎外の成し遂げたことは超人的な偉業であることを認識すべきである。自己矛盾に押しつぶされることなく、強固な意志力で生きぬく手本を鴎外は示している。
この「舞姫」で鴎外は自らの恥部、自己矛盾を告白し、このことは作家森鴎外を誕生させ、その克服へ遠い遠い道のりへの第一歩となった。立身出世のために愛した女を裏切った男の話、、、太田豊太郎とはいうまでもなく鴎外自身に他ならない。
淡々とした誠実な文語体での語りには哀しさ、切なさ、醜さ等をより切実に感じられ、現代の我々が読めば斬新な表現法なのかとすら感じられる。
作家としても人生そのものも鴎外とは対極をなすような太宰治は漱石、藤村、志賀直哉等ほとんどの諸先輩に懐疑的であったが、鴎外を敬愛し、生前の自身の希望で鴎外と同じ禅林寺の鴎外の向かいに墓所がある。太宰は鴎外の本質を見抜いていて、二足のわらじを履いた人などという卑俗な見方をしていなかったのだろう。
|
この商品のクチコミ一覧
クチコミを検索
|
関連するクチコミ一覧
|
|
|
|