果たして阿片王里見甫の何が書きたかったのか。
近年、戦後にも何かしらの影響を残した隠れた昭和史が書かれている。歴史、ノンフィクションもしくは小説、カテゴリーは様々である。『阿片王一代』もそのような作品の一つで、小説であろう。里見甫が阿片取引に関わった時期に絞って、綿密な調査の下に里見甫を描写しようとした作品であろう。ところで阿片王里見甫については既に西木正明『其の往く処を知らず』、佐野眞一『阿片王』がある。この2作品、とりわけ『其の往く処を知らず』には明らかな主題がある。里見甫が生きた時代、阿片取引が何ものであったかも伝わってくる。
しかし、この作品からは阿片取引が何もので、里見甫が何を思い阿片王になったのか、その深層に迫っていないように思える。そして里見甫の何が書きたかったのか、よく解らないのである。作家の洞察、想像と創作が読み取れない評者の読書力の無さであろうか?「あとがき」にある里見甫の長男とされる人物が紹介され、取材に大きな力になったというが里見甫の真実を知る人物なのだろうか?