蔦さんが亡くなったのは、平成13年。その後6年を経てやっと蔦さんの本が出た。池田高校の全盛時代の蔦監督の采配ぶりを知っている人なら、誰だって当時を懐かしみ、こういう本を開いて見たくなるのではなかろうか。
「プロ失格者」ではあったものの、四国のヘソ阿波の山間にある池田高校を何度も全国優勝・連覇させた蔦監督。打って打って打ちまくる「攻めダルマ」の偉名で呼ばれた名物監督。その足跡と秘話がここには綴られている。気軽にあってくれる人。無類に酒好きの人。「自分から野球を取ったら酒が残る」「酒を取ったら野球が残る」と言っていたそうだ。
公立高校は普通異動があるが、蔦さんはずっと池田高校から動かなかった。全日制と定時制とを順次替えていたという裏話も本書でないとどこにも触れられていないはずである。
「一度でいいから山の子たちに大海(甲子園)を見せたかったと執念をたぎらせ続けた頃から、「昇竜の時代」「さわやかイレブン」の時代、史上初の「三大会連覇」を逸してからはリラックスして采配を振るった時代。どの時代にも池田高校・蔦監督へのフアンは全国にいた。
一言で「爽やかさ」だろうか。「やまびこ打線」と人は優雅に言うが、蔦さんの「コンコン打ち」という素朴な表現の方がいいかもしれない。負けても卑屈にならないで悠然と去る。
そして、なにより「人生は敗者復活戦ぞ!」の負けじ魂が必要だと教えてくれる。
(私事ながら)寓居より一山越えれば、阿波池田。時折、蔦さんの霊前に額づいている。