戦前戦後の混乱期に翻弄され、自分の可能性と現実との落差に苦しんでキルケゴールとドストエフスキーを愛読していた青年が、偶然とも山勘ともつかない形で「存在と時間」を読もうと決心して大学の進路を決め、所を得るや蚕が葉っぱをむさぼり食うように外国語を習得して学の世界と自分の可能性を広げていくようすが生き生きとした口調(聞き書きのようです)で語られます。
テツガクというと現実離れした営為のように思われがちですが、ごく人間的な苦しみや悩みから出発して思考を鍛え上げていく過程であり、哲学科を出ても日本全体でも就職口は限られていて、ヘーゲル「精神現象学」の最初の全訳者である金子武蔵が教え子を地方大学のポストにはめ込んでいくさまなどがさらっと描かれ、教授になるまで順番を待っていたら50歳になってしまうと計算するあたり、哲学者といってもカスミを食べているわけではないのがわかります。
その一方で、同時にその鍛え上げ方の学問としての厳しさと面白さもよくわかるのがこの本の優れたところです。