エッセイ73編を集めた本のタイトルを何にするか。例えば、その中の題名「水が流れるように」をそのまま書名にすることも考えられるが、本書は別に井上陽水の歌詞をそのまま拝借している。大学時代、著者が繰り返し聴いて、この歌詞のもつ力強さに励まされたことによるらしい。
本書の内容は、書くことや読書などの文学的なこと、家族や身のまわりの生活的なこと、愛に関する人生観など、親しみやすいものが多い。近頃、小池ワールドは官能的な、その輝きを増しているが、そこまでに行き着く、その原点のようなものが、「狂おしい精神」の三島文学かもしれない。このタイトルで書かれているエッセーの一部を取り上げてみよう。
一口で言えば、現代社会が忘れかけている「無垢の狂おしさ」が三島由紀夫に内包していたというのである。真摯であるがゆえに、過剰に狂おしく、終末を予感し、破滅行動に駆られざるをえなくなった…『憂国』『金閣寺』『豊饒の海』など、例を挙げればきりがないほど、三島作品のどれもに著者は収拾のつかないほど狂おしさを感じている。現代の多くの人はそれを隠蔽しようとし、狂おしさとは無縁のところで生きているふりをし続けている。
天才作家・三島由紀夫の精神構造を自分のそれと重ね合わすのは笑止千万とは思いつつ、「これまで私は、いかに三島の狂おしさゆえの明晰さに救われてきたか」と述懐している。三十年来、三島の魅力に取り憑かれ、密かに恋をし続けている作家である(雅)