家康を遥かに凌ぐ全国規模の戦略眼を持ちながら己の足許さえも見極められない危うさと、非情を謳われながらも恩情に厚い一面、不正への憎悪と裏腹な潔癖。
「困った御仁だ」
と云いながらも島左近は随所に微行し、「困った主」三成の為に暗躍します。
家康に「賭けた」黒田長政や秀吉に「賭けた」如水と違い、三成の敗北を半ば前提とした彼の奔走は、正に「生涯を懸けた」男の「最後の道楽」であり、三成の夢に一命を投じてやろうという、半ば自棄っぱち、半ば自己満足に近い自己犠牲的精神に満ちています。
「殿は鋭い、殿に比べれば家康は如何にも鈍だ。しかし、新しい時代を切り開く為には或る程度の鈍重さが必要だ。斧は鈍だが破壊力がある。剃刀は確かに鋭いが、ひげを剃るくらいの役にしか立たないのだ」
不出来な主を髭剃り呼ばわりしながらも何故、左近はそこまで肩入れしようとしたのでしょうか?
左近に限らず、牢人上がりの多かった石田家中の家臣は、皆忠誠心が厚かったと云われています。牢人は今の言葉でいえば、武士の失業者、一度社会的に死んだ人間です。一度社会の底辺を味わった男たちにとって、三成の融通の利かない真っ直ぐな性格、非情なまでの潔癖さ、傲岸不遜にも映る才智、行政への情熱、己の利得を図らない清貧は、或る種形而上学的な美意識を持つ「志」は、社会や現実と相容れないと分かっていても、眩しく映ったのではないでしょうか?
彼らにとって、勝利を望みながら暗殺を望まず、あくまで正々堂々たる大決戦を夢見る、聞き分けのない少年のように見果てぬ夢を見る戦下手な主は、左近を始めとする石田家臣団のカタルシスだったと考えるのは云い過ぎでしょうか?
また、三成は不正を憎んで人を嫌うことが多い一方で、人の才を愛し、自分に仕える牢人たちの才を高く買っており(実際、俸禄も弾んでいた)、人に認められることで自尊心を回復し社会的に再生した彼らが主人に、志を同じくする「同志」として力を貸してやりたいという想いもあったのかなと思いました。
初芽との青くさい交情は三成の初心な感じを表現するのに一役買っているとは思いますが、市井の庶民の秀吉観を描く為なのか、何故か「切支丹の遊女まりあ」(何で切支丹名を遊女名にするの?普通隠すんじゃないの?)なんてオジサンサービス的な場面が長々あって少し中だるみの感じがあるので☆4つ。