本書は国際的なジャーナリズム活動を続けてきた宇田氏の、特にその視線の中心にあった場所で重ねた言葉の
(多分)最初の集大成となる一冊です。
その地は「ミャンマー」、本書ではあえて「ビルマ」。(だから僕も今後そう呼ぶ)
90年代、ビルマを訪れはじめた氏の「少年兵」に代表される一連のフォト・グラフィーには、人間の営みを
「抑圧とそこからの開放」に求めているかの様な”闇雲さ”があった様に思う。
しかし取材活動の最前線に長く身を置いた氏は、今や開放の中心にある願望そのものに迫ろうかとするイメージを
ブック・ジャケットに据えた。(裏ジャケも、もちろんそうなのだろう)
プリミティブとデモクラシー。軍事政権と経済制裁。
2010年に(民意とされる)総選挙を迎える国で、かつてタトゥを探し求めた氏のレンズには今、一体何が
映っているのだろうか?
そういった著者個人のジャーナリスティックな視点とあわせて、生粋のニッポン人の僕などにも
「国際情勢の中での現在に至るビルマの位置」が良く判るように構成されている点も本書の白眉である。
先ほど解党とあいなったNLDのマンダイ事務所を、あの時、同乗の案内女性サンダーとともに疾走する
モーターサイクルから「その眼で」目撃してしまった氏のその後の行動が、僕には切ないほどリアルだ。
ニッポンの民放バラエティ秘境番組で、国境地帯やカレン民族が「トンデモ」的に紹介されている我が国の
経済外交事情(=消費事情)を知っている人も多い筈。
彼らの誇りこそが大切だが、狩猟的(=現在では貨幣的)な獲得も、今や十分に誇りを満たす。
総選挙の年に、本書にある様な「等身大」の視線が、同じ「米喰う国」に生きている多くの人への
理解の一助になれば、と切に願う。
歴史的資料としてはももちろん、何より
「武装地帯のド真中で銃口に晒された気持ちを ”フツーのニッポンジン” が綴った紀行文」としても秀逸です。
ニッポンに退屈したくなかったら、ニッポンを知りたくなったら、是非ご一読あれ。