1141年12月、シュルーズベリ大修道院院長ラドルファスはヘンリー司教から公会議への出席を求められる。そこで、アダム神父の死後、空席となっていた教区司祭の後任として、エイルノス神父を伴って帰り、エイルノスは家政婦ハメット夫人とその甥ベネットを連れて司祭館に落ち着く。
エイルノス神父は学識、見識ともに高い人物であったが、教区司祭として何より必要な資質──謙虚さと寛容に欠けていた。未熟児として瀕死の状態で生まれた赤ん坊に洗礼を授けるよりもみずからの祈りを優先した。洗礼を受けることなく亡くなった者は教会の墓地に葬ることはできないため、遺族は深い悲しみと憤りを隠せない。また、若干軽率ではあるが小鳥のように明るい娘を「改心していない」という理由で教会から追い出し、絶望した娘は水車池で死んだ。子どもたちは神父を恐れて近づこうともしない。
降誕祭の前夜、修道院への帰途を急ぐカドフェルは怒り狂ったエイルノスを見かける。翌朝、エイルノスが水車池で溺れ死んでいるのを発見される。
エイルノスの死は事故であったのか、殺人だったのか。カドフェルの推理が展開される。
聖職者との確執、そこから生じた哀しみ……聖職とは何なのか、何のためにあるのかを考えさせられた。