日本の歴史の中で幕末維新史ほど多くの議論を呼ぶ時代は少ない。徳川幕府の倒壊という歴史的な大事件が開港を求める西欧列強の圧力の下で展開される。この過程でのスローガンは尊皇攘夷であり大政奉還である。この旗印の下で、ただし「攘夷」はいつしか置き去りにされた形で、日本は近代天皇制の時代に移行する。ここでの疑問は、武威を誇り260年にわたって太平を謳歌した徳川政権がなぜ倒れなければならなかったかということである。徳川幕府の側も政治的スローガンは討幕派と共有するに至っていたと見られるからである。
本書は冒頭に「長州戦争は、徳川幕府の命取りになった戦争である」と述べてその問いに明快に答えている。武力によって維持された徳川政権は武力によって打倒された。本書の記述からは因習にとらわれた政権は意思の統一を欠き従ってその武力の根源である封建諸侯を効果的に動因する力を失っていたことが読み取れる。他方、クーデターによって藩政、さらには軍制の改革を果たした長州藩はすぐれた銃器を装備することによって武力において幕府軍を凌駕するに至った。その実力は四境戦争とも呼ばれる第二次征長戦争で遺憾なく発揮された。この戦闘の記述(第4章)が本書の白眉である。幕府軍はその政治的、軍事的な力量において「裸の王様」であることをこの戦争において見透かされたのであった。戦闘の詳細は資料の引用によって示されている。なかでも多くを依拠している「防長回天史」についてはどこかでその資料としての性格を明らかにして欲しかった。