最近は「マニラの悲劇」を除いた『長崎の鐘』だけの本が出ているようですが,刊行時には長崎の原爆の悲劇とマニラにおける日本軍の残虐行為を記録したものがあわせて1冊になっており,それを復元したのが本書。
まず,巻頭の被曝の現場の写真…救護の様子,路傍の遺体の顔を覗き込む男の写真(おそらく家族か友人知人を探していたのでしょう),炭のようになってしまった少年の亡骸など,に絶句。その後「永井博士のために」と題された東京タイムズ主宰者・式場隆三郎氏による本書刊行のいきさつや著者の長崎医大教授で原子病学者・医師の永井隆博士の紹介文が掲載されています。ちょっと抜粋。
「付録につけたマニラの悲劇のドキュメントは、軍政部の提供になるものである。私たちは長崎の悲劇に頭をさげるとともに、マニラの事件についても深い反省をもたねばならぬ。永井氏の記録は世界最初の原爆体験記として、世界中の人々から注目されるであろうし、必ず後世に残る名著である。そして、われわれ日本人はそれとともにマニラ事件を厳粛な気持ちで読まねばならぬ。」((6)ページ)
この文章に続いて著者自身による自序があります。ここからもちょっと抜粋。
「この本は科学的記録でもなく、さりとてまた文学的報告でもありません。しかし一つの人間的手記であるとは云えましょう。」((9)ページ)
「この本の目的は、原子爆弾の実相をひろく知らせ、人々に戦争をきらい平和を守る心を起させるにあります。その点から考えて、占領軍の方からマニラの記録を頂いて合本にして出すようになったことは大変良い効果をあげるので、感謝に堪えない処です。」((11)ページ)
その後いよいよ本文に入ります。原爆の被害の惨状が淡々と綴られます。確かに科学的記録ではありませんが,フランクルの『夜と霧』と同様の,貴重なルポルタージュです。こんな文章もあります。095ページ。
「先生そうすると、わし等生残りは何ですか?」
「私もあなたも天国の入学試験の落第生ですな。」
「天国の落第生、なるほど。」
二人は声をそろえて大きく笑った。胸のつかえが下ったようだ。
「よっぽど勉強せにゃ、天国で家内と会うことは出来まっせんばい。確かに戦争で死んだ人々は正直に自分を犠牲にして働いたのですからな。わしらも負けずによほど苦しまねばなりませんたい」
「そうですとも、そうですとも。世界一の原子野、この悲しい、寂しい、物凄い、荒れた灰と瓦の中に踏み止まって、骨と共に泣きながら建設を始めようじゃありませんか。」
本書の後半は「マニラの悲劇」。掲載されたのは1945年2月の日本軍の残虐行為の一部に関する証言の数々であり,一日本人兵士の日記には1,000人以上の市民が生き埋めにされたと記録されていることが報告されています。鉄扉の奥に無数の死体が積まれた様子など,目を覆いたくなる写真も数点掲載されています。107ページにある日本軍の命令文。
「フィリッピン人ヲ殺スニ当リテハ、彼等ヲ一個所ニ集メ、弾薬ト人力トヲ浪費セザルヨウ留意ノ上処置スベシ。屍体ノ後始末ハ困難多キ作業ナレバ、ソレラヲ建物内ニ収容シ、後ロノ建物ヲ焼払イ又ハ破壊スルカ、モシクハ屍体ヲ河中ニ投入スベシ。」一九四五年二月十三日 1200 日本軍大隊命令
「はしがき」にある文章。122ページ。
「この犯罪の直接の責任は、天皇によって代表される日本軍統帥部と日本政府とにある。さらに日本国民全体も、終極的には、この恐るべき犯罪の責任を回避することはできない。彼らは道徳的に言って共犯であり、同じく有罪なのである。」
この後,胸が苦しくなるような証言が次々に掲載されています。こんな証言もありました。210ページ。
「私もまた、心ひそかに、わが愛する妻が生きながら焼かれる苦しみから免れたことを感謝した。(中略)生きながら焼かれるよりか射ち殺された方がましだ」
私はキリスト教徒ではありませんが,「原罪」なんてことを考えてしまいました。ひどいのはもちろん日本人だけではなく,今でも世界中で戦闘はあり,また直接的武力行使ではありませんが「経済制裁」という名の兵糧攻めも多用されています。余力・影響力のあるうちに日本がイニシアティブを取って,世界に「平和の効用」を輸出できたらなあと願います。
心がかなり苦しくなりますが,本書は式場隆三郎氏のおっしゃるとおり「名著」です。一人でも多くの方に読んでいただきたい。