かつて松竹ヌーヴェルバーグの旗手としてならした吉田喜重もほとんど映画を撮らなくなった。小津安二郎に関する著作で各賞を受賞するなど、最近は映画以外の分野での活躍が目立っている。そんな吉田が久々にメガフォンを取ったのが本作『鏡の女たち』である。奥様の岡田茉莉子を主役に迎えたこの反核映画はとにかく重い。難聴の人が聞いたら思わず耳をおさえてしまいそうな不協和音の響きが終始映画のバックで使われており、観客は常に不安定な状況にさらされる。照明をおさえた重厚な室内映像、割れたまま放置された鏡、記憶喪失の女・・・。格調高いミステリーのような趣を漂わせながら、映画はやがてある問題を観客の前に提示する。
孫の夏樹(一色紗英)を生んで失踪した娘・美和の行方を捜索していた川瀬愛(岡田)の元に、美和が見つかったとの連絡が入る。誘拐未遂で逮捕された尾上正子(田中好子)という女性が、美和の母子手帳を持っていたのだ。正子の家を元戸籍係の郷田(室田日出男)と共に訪ねた愛は、その部屋に自宅と同じ割れた鏡を発見する。正子を美和であると確信した愛は、アメリカ留学していた夏樹を呼び戻し、女3人で失われた記憶を取り戻す旅(ヒロシマ)に出かけるのだが・・・。
そのヒロシマ旅行中、元安川の灯篭流しを見つめながら、愛は正子と夏樹に美和話を語りはじめる。「誰かを愛さなければ、とても生きていけなかった」そこには原爆の悲劇を後世に語り継ぐため、別人となって生き続けた女の悲しい歴史があった。その重さに耐え切れずDNA鑑定を受けないまま再び失踪してしまった正子、そして、血塗られた歴史の継承者としての道を歩む決意をする夏樹。鏡に映るもう一人の自分を隠し、怖れ、伝えていく運命を背負わされた女たちである。被爆した米兵捕虜のドキュメンタリーを制作するため渡米する女性プロデューサー(山本未来)もまた、その語り部の一人なのだろう。
ヒロシマの慰霊碑や原爆ドーム、被爆者のむごたらしい写真、岡田茉莉子扮する愛のモノローグなどは、まるで新藤兼人の反戦映画を見ているかのようで、ダイレクトな表現に多少拒否反応を示す観客がいるかもしれないが、フェミニズム的観点から原爆の悲劇を描いた切り口は斬新だ。男たちが勝手に殺し合いをしている最中、「次は女が死ぬ番だ(『肉体の悪魔』より)」などと皮肉られた女たちも、陰でどれだけ苦しんでいたことか。(吉田によれば)女だけが歴史の真実を語りうるのである。