「鎮魂行法」と聞いてピンと来る人は、そうそういないと思う。鎮魂を「魂を鎮める」という意味で「死者を弔うために行う儀式」と考える人もいる事でしょう。
そういった面も無いとは言えませんが本書『鎮魂行法論―近代神道世界の霊魂論と身体論』で述べられている事とは異なります。また副題に「霊魂」とあるので昨今のスピリチュアル関係書だと思って手に取れば痛い目に遭うと思います。
“BOOKデータベース”でも「神霊との交渉、霊魂の操作、心身活動と霊的活動の相関など」といかにもスピリチュアルな方々が好きそうな紹介がされているので、これで購入し(絶版中なので古書でしか購入できないと思うけど)予想した内容と違い不評を買うのも嫌なので前もって断言しておきます。著者の津城氏も冒頭でかなりの頁数を使い断りを述べているのでその部分を引用した方が親切かもしれません。やや長めに引用しておきます。
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本文を読もうかと迷っている読者補の労を省くため、あらかじめ述べておくと、表題や目次の字面からそのように誤解されるかもしれないが、本書は昨今の流行にのった際物を狙うものでもなく、あるいは挑発的な意図で執筆されたものでもない。むしろ私としては、凡庸なほど地に足のついた、きわめて穏健中庸な研究のつもりである。
《中略》
まず、本書で取り上げる人物はいわゆる神道家であるので、「神道」の語が「国家神道」や「天皇制」といった政治を連想させる弊がいまもって流通している点を考慮して、あらぬ誤解を招くことのないように一言断っておくと、右側から期待をもって近付かれるのも、左側から警戒心をもって近付かれるのも、同じく的外れである。そうした関心から本書を読まれても、得るところはほとんどないであろう。
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初版が約20年前の1990年(平成2年)なので著者が「昨今の流行」としているのは、おそらく当時隆盛していたニューエイジ的なものを指しているのかと思います。読了してみれば確かにそういった流行りとは一線を画する論文でした。本書は著者の東京大学時代の宗教学修士論文に加筆したものだそうです。
主に述べられているのは明治以降から昭和期(今現在も続く)に活動もしくは存在している神道系の人物(教祖,宗教家,心霊研究者)・組織(新宗教,新々宗教の部類)の事。それら人物・組織が「鎮魂」の名で行なっている霊的体系を背景にした実践・修行法をシャーマニズム現象のひとつと考え検討を行った行法比較です。ですから、この霊的実践を「非科学的」だとか「迷信」とするような了見の狭い人は読まない方がいい事だけは断言できます。
取り上げられている人物は「本田親徳,長沢雄楯,出口王仁三郎,浅野和三郎,友清歓真,谷口雅春,荒深道斉,宇佐美景堂,岡田茂吉,岡田光玉,佐藤卿彦,黒田みのる,五井昌久,川面凡児,宮地水位,宮地巌夫,田中治吾平,山蔭基央」の計18人。これらを「大本系の鎮魂」「川面凡児の鎮魂」「田中治吾平の鎮魂」「その他の鎮魂」と別け、それぞれ身体技法を「脱魂型」「憑霊型」の霊魂観の違いなども併せて分析しています。