今から15年以上前に書かれた乃南氏の作品ですから現在の作品とは成熟度はかなり異なります。
ストーリーは、両親を亡くした兄弟姉妹3人のなかで、偶然に事件に巻き込まれてしまった高校生の聾唖の少女と、特定の大きな問題がある訳ではないけれども様々な不安で釈然としない20代の兄が、事件を通して成長をしていくというものです。
筆力については、文中に作られた新聞記事がかなり小説口調になっている不自然さや、ストーリーの構成が偶然に頼っている事から、初期の作品である事は否めないと思います。
しかし、注目すべきは、やはりこの当時から既に成熟していた乃南氏の人間描写の卓越性でしょう。
それがたとえ合理的でなくてもそれぞれの登場人物の心情、葛藤、そして愛情が事細かに、その空気感が伝わるほどに細かくも自然に描かれているのは見事です。
また、物語の若干の不合理性を持ってしても、あっという間に読者に最後まで読ませてしまう、乃南氏のスピート引力は物語展開のテンポの良さにあるのでしょう。
障害を持つ少女を小説の中心にそえて、彼女の感覚に迫ろうとする事は実際にはかなり難しいチャレンジであると思います。小説が提起するのは、障害者の事、思春期の若者、親を早くになくすという事、支えてくれる友情の存在、友人の持つそれぞれの世界、犯罪に関わる人間(新聞記者から犯人まで)、これだけの人間を丁寧に描いている事に感心します。聾唖の少女が誤って自分に託されてしまった"鍵”がカギとなる殺人事件の解決の糸口を見つけるために、誰にも相談できずに孤軍奮闘する姿には正直に心動かされますが、その部分を押さえながらあくまでも普通の少女として描こうとしているところに、作者のまっすぐな人間性が現れているのではと思います。