ユングの「心理学と錬金術」という書物を読んだ人なら恐らく、「もっと錬金術のことを知りたい」という、欲求に駆られるであろう。ただユングの書物は様々な論文を寄せ集めたもので、錬金術に関して統計立てて記述された書物ではないため、錬金術の深層について知識を得たい、という人には不満の残る内容になっている。もとより錬金術は単に化学・宗教的側面だけでなく背徳的・人間の世俗的欲望をも内包した卑近的願望の側面も併せ持つ膨大な「思想」のため、単に神秘思想的側面からのみ考察することは偏った理解を生む、学問でもある。その錬金術を深層から、様々な文献と近代の研究から解明しようとしたのが本書である。
実に膨大な、図表が満載で、ユングの論文だけから窺い知れなかった「可視的側面からの錬金術」の資料が豊富で、グラフと文献から錬金術のあらゆる側面を理解できる点有用である。ただ現代の心理学並びに精神分析の基本的理解を前提にして文章が書かれているため、単に神秘主義乃至オカルティズムに興味を持つ人間が興味本位で読むべき書物、ではない。またキリスト教の基礎的知識を持つ人間を対象にしているため、現代の心理学並びに精神分析の知識だけから読むと大きな誤解を生む、可能性も有している(アニマやラピス・ラズリを、現代の用語だけから解釈するととんでもない誤解を生む)。あくまで現代の心理学・精神分析のフィルターを通して錬金術の世界を垣間見よう、という研究者を対象に記述された書物故、相互の知識の相関的理解を持って読まなければならない。ただ巻末の膨大な参考文献は錬金術理解の上大変有効である、とは思われるが、大部分日本では入手困難なため余り役には立たない。
オカルト趣味や怖いもの見たさの覗き見趣味で読みだしても理解には困難がある。まずはユングの書物を読破して、錬金術に興味を持った人間が、読むべき書物である。