本書は、そんな著者の違和感を、銭湯とファミリーレストランを回遊しながら透視した39篇のエッセイである。ほかにも、100円ショップ、ゴミ出し問題、銭湯などの身近な事柄を低い目線で取り上げているが、そのいずれもが読みごたえのある消費社会批評になっている。
星野の批評の基軸になっているのは、香港的リアリズムだ。「一夜にして一家の財産が泡と消えた」り、「生まれた場所を追われた」経験をもつ人々が暮らす都市の日常と思考が、身体に染みついている。香港で暮らすことは、一種サバイバルに近い。苛酷な資本主義社会を生きることを余儀なくされるのだ。それを経験してきた人間には「日本の資本主義社会」は甘えているとしか見えない。
本書で、星野は「プロセス」にこだわっている。それは、何かを手にするまでの苦労や努力のことだ。インターネットで楽々と情報を得てそれでよしとする態度、どうやったら手っ取り早くフリーランスの写真家になれるかを聞いてくる若者。そんな彼らに彼女は言う、「何かを手に入れるためには何かを手放さなくてはならない。簡単に手に入るものに、重要なものは何もない」。そんな星野を愚直と言う人がいるかもしれない。しかし、それこそ日本人がいま必要としているものなのではないかと彼女は静かに訴えているのだ。(文月 達) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
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作者の人物観察には特に優れた繊細さがあり、それにどんどん引き込まれていき、最後には読者自分自身をも考えさせるものとなっているのです。今の私たちに足りない物はモノは何なのか、この本を読んだ後にまた考えてほしい。次の世代の親になる私たちにまた、人間として人らしく生きることをもう一度考えて欲しい人たちに読んで欲しい一冊です。
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