「銀魂」という作品にはある特長がある。それは親と子の関係が希薄であることだ。「銀
魂」レギュラー出演者の中に親子関係が万全な人間がいれば列挙してほしい。その結果新八
のシスコンとか、局長のストーカーとか、万事屋の疑似家族的な演出が生まれたのもわけが
ない。
芙蓉編はその「親子関係の希薄」が生み出した最大の産物といえる。芙蓉プロジェクトと
は「芙蓉の死」という現実から「生命に限りがあること」への問いから出発しているが、結
果的に人間の奥底に眠る邪心と欲望によってロボット・キングダムを作ろうとした愚かな発
想でしかなかった。イエスマンが強調されたメイドからくりの醜さが、邪心と欲望の権化と
して紹介されていることからわかる。そんな愚行をたまは冷めた目で批判するが、たまに
「芙蓉」がリンクすることでこの物語に「最大の奇跡」をもたらす。父と娘の絆の美しさと
ともに、人間として生きる意味を問いただしてくれる作品になった。
ただ、同じ「父と娘」を扱った「星海坊主編」の当事者、神楽の介入がもっとほしかっ
たこと。ディスク2枚にわたって収録されている点、放映時期が「紅桜編ショック」からさ
めやらぬ頃であったことから、不遇と言われても仕方ないことだろう。
そんな芙蓉編の箸休めは「ヅラと銀さんの運転教習」「定春純愛編」の小編で。神楽にい
いように改造されても無表情な定春とマダオの邪心がポイントだろうか。運転教習は理不尽
さ満点の世界観。銀さんのアナーキーさと、ヅラの「妄想」が楽しい。
最後は「キノコ狩り」とみせかけてあの「カブト狩り」のような展開を期待してたら、涙
涙の感動譚。しかし、あるポイントが「銀魂」らしさを出している。久々となる万事屋の純
粋なかけあいが楽しい。