「コロンビアにも、怖いもの知らずの男はいた。冷酷非情な男もいた。
悪知恵の働く男もいた。狡猾で、利己的な男もいた。
しかし、そうした資質を全部備えているとしか思えぬ、禿富のような男と出会ったことは、一度もなかった」
これ、この作品に登場する南米マフィアの述懐。
まさにその通りで、ちょっと今までの小説や映画では読んだことのないような悪徳刑事が主人公のシリーズです。
普通、悪漢小説の主人公といえば、社会的には法を破ったはみ出しものでも自分のルールに従って一部の人たちを助ける<義賊>だったり、仲間内では義理と人情を重んじる<任侠道>だったり、復讐のためにすべてを捨てて悪に生きる<ストイックな転落者>だったりするもの。
手塚治虫の「ブラックジャック」みたいに、憎まれ口はたたく、金の亡者のような行動はとる、といったキャラでも、実は情に厚かったりして、思わずファンになってしまうことが多い。
ところが、このシリーズの主人公・禿富は、実にひどい。
女性はみさかいなく襲う、人は簡単に殺す、金は奪う。
警視庁のキャリアだろうが何だろうが、弱みにつけ込んで屈服させ、ヤクザもためらうような悪事を平気でする。たとえば、女性を相手に手加減なく殴る蹴るの暴行を加えたり・・・。
そしてこの小説では禿富の心理描写、内面描写が一切ない。
そのため、何を考えているのかさっぱりわからず、実に不気味だ。
小説史上、もっとも嫌な主人公といってもいい。
こんなひどい主人公が非道の限りを尽くす小説なのに、なぜか引き込まれて読んでしまう。
逢坂剛のひょうひょうとした文章のテクニックが効いているからでしょう。
趣味に合わない人もたくさんいるでしょうが、一度は読んでみてもらいたい不思議な小説です。