銀座久兵衛はできること、やるべきことを当然にやる、
当然にやり続ける。そして、やり遂げる。
それは銀座久兵衛が知っているからである。
「その店が一流かどうかを判断するのは、あくまでお客様」であることを。
注目すべきは、そのような最上への強靭な意志を錆びつかせないよう眼を配る、
銀座久兵衛に脈打つ執念にも似た想いである。
進化への意志、進歩への執念ともいうべきこの想いは
本書が掲げる「おもてなし」のくだりに濃密に込められている。
日々の「おもてなし」へのこだわりが束ねられ、重ねられてみたとき、
われわれはそこに「一流」への強烈な自負心が宿っているのを目撃するはずである。
多くの知遇の中で選ばれ、比較・吟味され、
また選ばれて今日を迎えているという緊張感、
多くの厳格な鑑定眼から市井の飲食者まで
ゆるがせにしないからこそ負託される名店への期待、
その渦中で逃げも隠れもしない、できないという覚悟。
銀座久兵衛は「暖簾は、意識の産物」と断ずるが、
「おもてなし」もまたそうであった。
「現状に甘んじることなく…自分の心や意識との闘い」を続けるその中にこそ、それはあった。
銀座久兵衛が今日もなお「一流」を追求してやまないのはそのためである。
そして、一流への強烈な自負が謙虚さへと昇華するのはそのためである。
「評価はお客様の側にしかない」という自律が謙虚さを呼び醒まし、
一個の諦観となって「おもてなし」の行方を照らし出していく。
そう考えてみて、私は本書が心を打つ理由がようやくわかった。
銀座久兵衛には、お客を前にした職人の精髄と美学があるのである。
本書を得て私はようやく気づいたのだった。
そうか、プロフェッショナルとは専心する現場の技工であったのか。
今日もまた銀座久兵衛はお客の審判に身をさらす。
創業者の気概が板場に漂い「暖簾」に実が入る一秒一秒がやってくる。
(本稿の詳細全文は拙稿[ MATOLOG1 ]に2010年4月5日付けで公開済みです。的場正信)
◆MATOLOG1 → [ http://blog.phmedia.co.jp/mlog1/2010/04/05072715.html ]