日本のアイヌ語研究者として真っ先にその名が浮かぶのは、何と言っても金田一京助である。
さらには、その金田一の弟子である知里真志保だろう。
その二人に多大な影響を与えた人物が、知里幸恵である。
知里幸恵は「アイヌ神謡集」の著者。
これはアイヌの口承文芸であるユーカラに日本語の訳をあてた可愛らしい装丁の本で、
アイヌの精神の蒸留の一滴とも言うべきもの。アイヌが初めて世に送り出した記念すべき一冊だった。
単純に訳するだけでなく、アイヌ語でも日本語でも美しく響く詩世界が広がり、
一つ一つの言葉から、アイヌの精神と彼女の聡明さがあふれ出ている。
が、この本と引き換えのように、心臓病によりたった19歳で亡くなった。
金田一京助は、幸恵はそのアイヌ語研究にはなくてはならないパートナーであり、
その表記法などで特に大きな影響を受けたという。
弟、真志保に対しては良い姉であり、彼女が真志保にあてた手紙はどれも、
こぼれるような愛情につつまれている。
闘争的な性格だった真志保も、姉幸恵に対する敬慕の情は終生失わず、
その研究において、大きな支えだったに違いない。
この本はそんな知里幸恵の生涯を描いた数少ない本であり、その足跡が詳しく記されている。
著者の藤本英夫氏は生前の金田一京助、知里真志保とも交流があり、
それぞれの生涯を一冊ずつの本にまとめてこられた。
氏の著作である「金田一京助」と「知里真志保の生涯―アイヌ学復権の闘い」との併読をおすすめする。
一連の著作では、一部タブーのような話も敢えて記述している。
個人的には多少下世話かと思える表現もあったが、より深く三人の人生に迫る姿勢として捉えておきたい。
また、人から解説されるでなく純粋に知里幸恵の人となり、その心を知りたいという人には、
「知里幸恵遺稿 銀のしずく」を特に強くおすすめしたい。
この本を読んだときには、思わず感情がこみあげた。