日本には、3大名物というのが存在する。3大夜景が神戸、函館、長崎、3大高級食がキャビア、トリュフ、ホワグラ、ビッグ3がタモリ、さんま、たけし(。。。)、3大歌姫が百恵、明菜、浜崎(???)、バブルの結婚条件が高学歴、高収入、高身長、高度成長期の3大家電が冷蔵庫、洗濯機、電気レンジなのである。。
人間は3大を名づけるのが好きな民族なのである。そして僕も勝手ながら、鉄道雑誌に3大なるものをつけている「ファン」「ピクトリアル」「ジャーナル」である。
しかし、私はほとんどジャーナルしか読みません。何と言うか私は中途半端な鉄道オタクなのです。某大学の鉄拳(この世界では、敢えて強く見せるために鉄道研究会をこのように呼称することで虚勢をはるのである)のあまりにハードな内容に私は次第に幽霊部員化していった。。。
私は、鉄道にあまり学術的な物を求めるタイプではないのです。鉄道にも色々なタイプがいますね。オトテツ、タビテツ、ハイセン系等。。僕は、タビテツなどイワユル緩い感じの鉄オタなのです。だから、たとえば小田急の高架化に伴う集客変動と小田急の未来について考える。。などのような荘厳且つ人類科学的、且つヒューマニズム溢れるアカデミックな事を鉄拳でやられてもついていけないのだ。
今更ながら私は旅行系サークルの方が良かったのでは?と三十路になってから気が付いた。
。。前置きが長くなりましたが、この3大雑誌は同じ出版社ながらやはりそこんとこの差別化がちゃんとなされております。ピクトリアルが前述を引用するなら、限り無くアカデミック、その次に鉄道ファンがその中庸を、鉄道ジャーナルは、旅情系のカジュアルな位置付けだと思います。そこらが私に一番しっくりくるかな〜〜と。ピクトリアルを見ると、かつての体育会的な縦社会あふるる、スパルタンなアカデミックな鉄拳を思い出してしまい、トラウマとなり、それこそこめかみの欠陥ピクピクさせてしまいます。ピクトリアルだけ〜〜に。。。
補完的に「旅と鉄道」も好きだったりします。ジャーナルは時々ですが長い間購読していますが、スタンスは変わらないどころか、カラーページがグングン増え、それでいて価格は千円以内に抑えるという非常に良心的なのもグッドです。食堂車の3種の神器が電気レンジから電子レンジへ、そして食堂車そのものが淘汰される中で、ジャーナルだけが国鉄時代からスタンスを崩さないというのは、国鉄愛好家の自分としては、非常に嬉しい事です。
私は、ただ列車に乗って、森駅ののいかめしを食べたり横川駅の釜飯を食べて、時々優等列車を眺めたり、車窓を楽しむだけで充分なのである。時々列車がすれ違い、「銀河号かっこいいね」せいぜい「20系かっこいいね」などと談笑するのが好きなのである。「見てよあのオロネ3063興奮するぜ」「サハネフ2341ブルブルするぜ」そこまでの会話は到底ついていけないのだ。ここら辺の境目が前者がジャーナルへ、後者がファンやピクトリアルに流れる分岐ポイントなのだと思うのだ。と言うわけで、私の終着駅はやはり鉄道ジャーナルなのである(なんのこっちゃ)