鉄道がらみのエッセイ集第三弾。単なる少年時代の車窓回顧、過去のテーマの焼き直しなどさすがにネタ切れ感が漂う。しかし、著者の得意分野である天皇論やニュータウンに絡んだ秀作もぽつぽつ。戦後、列車が高速化し冷房が入ると、車内の人間関係が無機質になった。それは団地の無機質な人間関係と相似する、という多田道太郎の指摘を引いたエッセイは心ににじむ。タイやインドの1等列車では一個人としてバラバラな乗客なのが、3等だと「乗客同士」という感情が湧くのと似ている気がした。
何と言っても良かったのが、最終章の廃線の霊を鉄博に呼びたもうた廃線シンポジウム。元は1,2でやっていた全国路線を擬人化したシンポジウムの焼き直し。だが、廃線にされたという無念の思いを抱え、恨み言も山ほどあるだけに、路線シンポより遥かに面白い。初出の廃線に生没年(運用期間)があるのも泣かせる。根北線は13歳で夭折してしまったかと思えば、百歳以上生きたのに、新幹線開通であっさり捨てられてしまった信越本線横川−軽井沢間などなど。廃線によってモータリゼーションが進んだのではないか、代替バスは不便…など廃線に伴う問題を廃線の霊を通して語る。ご当地の言葉で、なんで国鉄は〜、なんで自治体は〜と恨みつらみを語るのを読んでいると、面白くも物悲しい。