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「鉄砲、卑怯なり」とされるのは、戦国時代が終わって太平な江戸時代になってからだそうだが、その江戸時代にも江戸の中には沢山の鉄砲があったという指摘は江戸への視点をかえさせる。戦争で侍と鉄砲の復縁があって、その後の西南戦争も戦争であったが、日本軍は次第に銃器よりも肉弾戦に傾斜する。侍は意外と鉄砲の愛好者であったのに、思考が消えるのは第一次世界大戦にほとんど参戦したかったからだという。鉄砲から見た戦争史とも読める本である。